労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.33 の抄録

人間・機械協調型作業システムの基礎的安全技術に関する研究(中間報告)

序論

SRR-No33-01
池田博康,梅崎重夫
 ロボット工学の分野では,協調型ロボットや移動ロボットのように,人間と連携して作業を行うシステム(人間・機械協調型作業システム)の開発が進められている。これらのシステムでは,人間と機械の接近や直接接触を前提とするために,柵や囲いによって人間と機械を隔離するといった従来型の安全方策は適用できず,新しい安全技術を構築する必要がある。また,作業者が運転中の機械に近接して加工,調整,トラブル処理,保全,検査,修理,清掃などを行う作業(危険点近接作業)も,人間・機械協調型作業システムの重要な形態と考えられる。
 このため,プロジェクト研究「人間・機械協調型作業システムの基礎的安全技術に関する研究」では,以上の課題を解決するために,人間と機械の共存・協調条件と本質的安全構造の解明,環境認識技術等を応用した移動体追跡手法の開発,危険点近接作業に対する災害防止対策の確立を重点に研究を進めてきた。本報告書は,この中間報告である。(図,表,参考文献なし)

人間協調型ロボットの本質的安全設計手法と安全設計指標の提案

SRR-No33-02
池田博康,齋藤剛
 協調型ロボットの安全設計は,機械安全規格の原則に従えば,リスク低減より優先して危険源の除去を求めており,本質的安全の確保が重要とされる。そこで,本質的安全化のアプローチに,人間の痛覚に基づく耐性に「安全」の判断を求めてこれを安全設計指標とするため,力の次元として痛覚耐性値を採用し,また,位置の次元として痛覚耐性値の別の表現である皮膚の最大許容変位も採用する。
 これらの指標に基づく協調型ロボットのリスク低減戦略として,痛覚耐性値に基づくアクチュエータの力出力特性を規定し,これを満足する力制限機構と制御方法を提案した。また,許容最大変位に基づくアクチュエータの制動特性を規定し,これを満足しつつロボットの連続動作を可能とする基本単位動作原理とその方法を提案した。(図8,参考文献18)

人間協調型ロボットの機械的刺激に対する人体痛覚耐性限界の測定

SRR-No33-03
齋藤剛,池田博康
 人間との接触が前提となる人間協調型ロボットが利用者に及ぼす機械的刺激の受容の限界の判断として,接触される人間が感じる痛覚の耐性限界に着目する。このため,実際に被験者に機械的刺激を静的挟圧力として加え,被験者が我慢できる力と変位の最大値を耐性限界値として記録する装置を開発した。
 被験者の安全確保に配慮した方策を施し,予備実験を行って,接触プローブ形状や衣服,プローブによる加圧回数等の測定条件を確定した後,測定を実施した結果,成人男性9名に対する痛覚耐性値の最小値(最悪値)57 .7Nを得た。さらに,痛覚耐性値と許容最大変位量の関係を調べたところ,個人差によるばらつきが少なく,これらの値がロボットのための安全性評価指標として妥当であることが分かった。(写真3,図11,参考文献11) 

全方位視覚センサによる移動体存在領域検出手法

SRR-No33-04
濱島京子,呂健,石原浩二
 人間・機械協調型作業システムでは,機械と作業者の位置関係を保護装置が把握し,接触または衝突を予測して機械を止めるという安全方策が必要である。この方策の実現には,画像を用いた保護装置が有効と考えられている。しかし,画像処理技術を用いた移動体検出では,様々な要因で移動体の検出漏れが生じやすい。特に,オクルージョン発生時に移動体を見失いやすい。そこで,こうした検出漏れに頑健な移動体検出アルゴリズムを考案した。
 この検出手法では,全方位視覚センサの方位角検知特性を利用する。具体的には,複数台の全方位視覚センサを用い,各センサが検出した存在方位角度を重ね合わせることで,移動体の存在領域を検出する。
 以上の方法を利用して4台の全方位視覚センサを用いた試作システムを構築し,AGVを用いた存在領域検出および衝突予測デモンストレーションを行った。その結果,本手法が実時間での存在領域検出および衝突予測が可能であることを示した。また,オクルージョン発生時において,移動体を見失うことなく存在領域を検出していることを検証した。(図24,表2,参考文献7)

オペレータのジェスチャー認識を利用した移動ロボットとのコミュニケーション手段

SRR-No33-05
呂健,姜偉,濱島京子
 ジェスチャ認識による機械とロボット制御において,安全性を配慮したジェスチャの設計手法と認識手法の確立を目的とする。本論文では,認識対象となるジェスチャを腕による静止ジェスチャに限定して,ジェスチャの3次元数値モデル及びそれに基づくジェスチャの差を評価する数値化された指標を提案し,その指標を用いたジェスチャ識別法を示した。また,日本人の人体寸法の平均値を用いて,基本的な16種類のジェスチャからなるジェスチャ系に対し,誤認識の可能性の検討を行い,誤認識リスクを減少させるためのジェスチャ設計・選択方法について述べた。本論文の結果はジェスチャ認識を用いた高機能ロボットの開発及び安全評価の標準化に適用できると考えられる。(図11,表7,参考文献7)

産業機械の労働災害分析

SRR-No33-06
梅崎重夫,清水尚憲
 産業機械で発生した死亡労働災害129件を対象に設備的要因の分析を行った。その結果,国際水準の設備安全方策の中でも固定ガード,可動ガード,保護装置,及び制御システムの安全関連部に関連する要求事項を確実に実施すれば,発生した死亡労働災害の79.2%に対して災害防止効果を持つと推察された。
 また,死亡労働災害129件の作業的要因を分析した結果,危険点近接作業に関連した災害は44.2%,大規模生産ラインなどの広大領域内で発生した災害は35.7%,他の作業者が誤って機械を起動したために発生した災害は12.4%で,これらのいずれかに関連した災害は全体の約3分の2(65.1%)を占めていた。したがって,死亡労働災害の大幅な減少を図るには危険点近接作業と複数作業者が広大領域内で行う作業に対する災害防止手法を早急に確立する必要がある。(図1,表14,参考文献6)

危険点近接作業の災害防止戦略に関する基礎的考察

SRR-No33-07
梅崎重夫,清水尚憲
 産業機械の安全方策は,ISO 12100-1に記載されたリスク低減プロセスに従うのが基本である。このプロセスでは,本質的安全設計方策や安全防護物の適用などの設備安全方策によって,適切なリスク低減を図ることを基本としている。しかし,現実には,危険点近接作業のように,これらの方策だけでは適切なリスク低減が達成できないものもある。
 このため,本論文では,危険点近接作業も含めた災害防止戦略として,新たなリスク低減プロセスを提案した。この戦略では,リスク管理区分,災害防止区分,及び支援保護装置という新たな概念を創出することで,危険点近接作業も含めた災害防止戦略の明確化を図った。また,以上の過程で,不確定性を考慮したリスク概念の再構築や,機械作業を対象とした演繹的災害防止対策も併せて提案した。以上の戦略は,ISO12100を補完する戦略としても活用できると考えられる。(図7,表1,参考文献16)

複数作業者が大規模生産ライン内で行う作業を対象とした災害防止戦略の基礎的考察

SRR-No33-08
梅崎重夫,清水尚憲
 複数作業者が大規模生産ライン内で行う作業を対象に,災害防止戦略の検討を行った。この戦略では,作業者のクラス分け(作業指揮者,指名作業者,非指名者)と作業行動のタイプ分け(作業者のライン内への進入,作業者による再起動)のマトリックス表示によって,ハザードである人間挙動の影響を分析する方法を提案した。
 また,レーザー式保護装置などを利用したライン内の直接監視方式の有効性と,キースイッチ,プラグ,可動ガードなどを利用した間接監視方式の残留リスクを明らかにした。特に,キーやプラグを使用する間接監視方式は,キーやプラグの抜き忘れなどの問題があるために,適切なリスク低減は困難と考えられる。このため,キーやプラグと監視装置(光線式保護装置,マットスイッチなど)を併用した対策を考案したが,依然として作業指揮者の注意力に依存して再起動操作を行う必要があるために,人的リスク低減方策の併用を必要とする。(図5,表6,参考文献5)


刊行物・報告書等 研究成果一覧