労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.28 の抄録

建設労働災害の発生原因としてのヒューマンエラー防止に関する研究(中間報告)

建設作業現場における不安全行動とその対策に関する実態調査

SRR-No28-02
庄司卓郎,江川義之
 建設業で問題となっている不安全行動の防止を目的として,面接調査,資料調査,文献調査を行った。その結果,不安全行動の誘発要因は,(1)作業員の要因,(2)作業の要因,(3)作業環境の要因,(4)管理の要因,(5)組織の要因,などに分類することができた。また具体的な項目で,急いでいるとき,作業場の安全設備に問題がある場合,整理整頓されていない現場,の順に不安全行動が発生する可能性が高いという回答が得られた。一方で,不安全行動を防止するのに有効だと考えられていたのは,(1)整理整頓の徹底,(2)KYなどの現場の安全活動,(3)作業設備の整備,(4)職長会などの作業員同士の交流,であった。建設現場において安全管理の諸対策と同様,職長会による良好な人間関係の構築が不安全行動の防止に役立っていることが明らかになった。(図2,表6,引用文献26)

建設作業現場における安全情報の伝達と作業行動の変容に関する研究

SRR-No28-03
江川義之,庄司卓郎,中村隆宏
 建設作業現場における情報伝達状況を調べるために,そこで働いている作業者の面接調査と,朝礼など伝達状況の観察調査を行った。その結果,情報を伝達する場合に具体的な現場状況も合わせて伝達する必要があること,さらに業者間の限られたメンバーで行われている伝達情報を,それを必要とする作業者間の共有情報とする必要のあることが明らかになった。次いで現場調査から得られた結果をもとに,安全情報を伝達する場合を模擬した基礎実験を行った。実験は規則を守らせるための方法を強制的に伝達する実験と,規則が守られない具体的状況を映像で伝達する実験である。実験の結果,規則が守られない状況を映像で提示した実験の方が,被験者の安全確認行動が増加して,規則違反も減少した。(図10,表2,参考文献7)

建設工事における高所作業に関する人間工学的研究

SRR-No28-04
江川義之,臼井伸之介,庄司卓郎,中村隆宏
 建設業の労働災害死亡者数で最も多いのは墜落による死亡者であり,ここ10年間変化していない。そこで墜落災害を防止するために,高所作業に関する人間工学的研究として,まず災害資料をもとに墜落災害に至る背景要因を明らかにした。さらに高齢および若齢者群を対象に,仮設足場上で実験を行い,高所作業環境における生理・心理的負担要因を明らかにした。災害資料分析の結果,木造工事では安全帯不携帯・親綱未設置などの作業環境下で墜落していること,ビル工事では経験の少ない作業者が,足場移動中に墜落していることが明らかになった。そこで足場上での歩行および運搬作業についての実験を行った。実験の結果,高齢作業者が狭い足場板上で方向転換などの複雑な動作をした場合,生理・心理的負担の増加することが明らかになった。(図22,表13,写真1,参考文献13)

環境温度の違いが作業パフォーマンスに及ぼす影響

SRR-No28-05
庄司卓郎,江川義之,輿水ヒカル
 夏季の暑熱環境が建設作業に与える影響を明らかにすることを目的として,恒温恒湿実験室で棚の組み立て作業と音声刺激の二重課題を課した実験を行った。8人の男性被験者に23℃,29℃,35℃の3条件で90分間棚の組立作業を行わせ,副次課題として音声刺激への反応を課した。その結果,音声刺激の聞き逃しエラーは温度が高いほど,また作業時間が長くなるほど増加した。このことから,作業環境温度の上昇により,注意力の低下によるエラー発生の可能性があることが示唆された。一方で,エラーの発生頻度と組立作業の成績や本人の生理・心理状況との間に密接な関連がなかったことから,夏季における長時間の作業の際には,本人まかせにせず,一定の時間間隔で強制的な休憩の挿入や水分補給などの作業管理が安全対策の面から必要であろう。(図11,表3,写真1,参考文献38)

掘削機オペレータの眼球運動と注視行動

SRR-No28-06
中村隆宏,深谷潔,万年園子
 シミュレーションは,教育や訓練の手法として注目されていると同時に,実験手法としても有効であるとみなされている。しかし,あくまで疑似的,人工的なものであるシミュレーションにおいて観察される人間行動は,現実場面における人間行動と一致しない可能性がある。そのため,シミュレーション実験の妥当性について検討する必要がある。
 本研究では,実際の掘削機操作を対象とした眼球運動の測定実験を行い,シミュレーションにおいて得られたデータと比較した。飛越運動のほか,操作内容別の注視対象や注視時間などについて相互に比較したところ,数多くの点で共通する傾向が認められた。
 これらの結果は,眼球運動測定に関して比較した内容であるが,限られた側面であってもシミュレーションの妥当性を確認出来たことは,今後のシミュレーションの活用に期待が持てることを意味する。(図36,表2,写真6,参考文献7)

掘削機操作におけるタイムプレッシャーの影響

SRR-No28-07
中村隆宏,深谷潔,万年園子
 建設作業現場において発生する労働災害につながり得る要因として,「時間的余裕不足」「納期の切迫」「緊急時(天候の急変,作業のやり直し等)の時間的ストレス」などが考えられる。本研究においては,このような時間的圧迫(タイムプレッシャー:TP)が及ぼす影響について,掘削機操作を対象に検討した。
 分析の結果,TPによって作業時間が短縮することが明らかとなった一方,作業の正確さや周辺視パフォーマンスについては,明確な違いが認められなかった。これは,実験において被験者に与えられたTPが十分に機能せず,実験的に操作すべき意識フェーズに達していなかったためと考えられる。
 こうした結果から,TPに起因する災害の防止のためには,実際の現場において作業員が曝されているTPの定量的把握,TPの分類と質的な側面,さらに実験状況においてリアルなTPを再現する方法等について,今後さらに検討する必要がある。(図9,表1,参考文献10)

掘削機災害シミュレータの開発

SRR-No28-08
深谷潔,中村隆宏,万年園子
 シミュレータによる危険事象の疑似体験の安全教育への活用について研究するために,掘削機災害シミュレータを開発した。本装置は,掘削機の運転作業における事故を模擬するためのもので,同様装置の上に載った運転席を取囲む7角形の全周囲スクリーンを持ち,映像による視覚的シミュレーションの他に車体の傾斜等の体感も模擬できる。掘削機の災害は,接触による災害と転倒・転落による災害がほとんどであるが,本シミュレータにおいては,掘削作業時における接触災害の他に,斜面走行・掘削機の積み込み積み降ろし・吊り荷等の作業における転倒災害を模擬できる。今後,この装置を用いて,シミュレータの安全教育への活用について研究を進めていく予定である。(図12,表2,参考文献4)


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