労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.18 の抄録

吊上げ用具類の新検査技術に関する研究 –クレーン用ワイヤロープの疲労損傷を中心に–

序論

SRR-No18-01
田中正清
 本特別研究では,クレーン等に使用される吊上げ用具類の破損による災害の中から,昭和末以来かなりの頻度で発生したクレーン用ワイヤロープの破断による災害に的を絞り,その防止を目的として,(1)災害事例の調査研究,(2)鋼心入り(IWRC)ワイヤロープにおける内部損傷の発生の確認と問題点の指摘,(3)使用条件が内部損傷に与える影響,(4)素線断線損傷の進展特性,(5)素線材のフレッティング損傷特性の基礎的研究,(6)ワイヤロープの破断事故の防止対策の検討等の研究を実施した。これらの研究の結果は以下のように要約される。

クレーン用ワイヤロープの破断事故調査例と問題点

SRR-No18-02
田中正清
 本テーマでは,クレーン用のワイヤロープの破断によって生じた災害のうち,当研究所が主体となって原因調査した事例について,代表的なものを紹介すると共に,他の調査結果を踏まえ,直接原因および本質的原因を検討した。検討結果の概要は以下の通りである。
  1. 破断したワイヤロープは全て巻き上げ用および起伏用,すなわち移動ロープとして使用されていたもので,ワイヤロープの構成は全て鋼心入り(IWRC)であり,しかもほとんどがIWRC 6xFi(29)であった。これは,巻き上げあるいは起伏用のロープとしては,多層巻きドラムでの形崩れの防止のため鋼心入りの使用はやむを得ないという事情のためである。
  2. 事故ワイヤロープの損傷部には多くの場合,共通して内部線,内部腐食など内部損傷が観察された。ロープ破断の原因となった損傷状態は,一部に 激しい腐食による内部での断線がみられたが,疲労による素線断線がほとんどであった。疲労断線の場合,素線軸にほぼ垂直な横断面型の破断面がその特徴であり,その破断面には微視的には,ストライエーションを含む疲労特有の形態が観察された。
  3. クレーン用ワイヤロープの損傷状態の点検は主として外観観察によって実施されているが,その方法では基本的に内部損傷は検出できない。従って,もし上記のような内部損傷が許容された適切な使用条件でも生じるものであれば,安全確保上深刻な問題である。しかし,事故例では使用条件の信頼できる情報が得られないため,そのような仮定の正否が曖昧であり,対応の目標,方法も決め難い状況にある。
 この状況を解決するには(a)IWRCワイヤロープを移動ロープとして使用する際の内部損傷特性を明確にするか,(b)内部損傷でも検出可能な検査法の開発のいずれかが必要なことを指摘した。

クレーン用ワイヤロープにおける内部損傷発生特性

SRR-No18-03
田中正清
 本テーマについては,IWRCワイヤロープの内部損傷の問題の明確化を目的に,前テーマで指摘した内部損傷特性解明のため,2種のIWRCワイヤロープについて幅広い試験条件下でS曲げ疲労試験を実施し,特に内部断線損傷の発生特性について詳細な検討を行った。得られた主な結果は以下の通りである。
  1. 適正な使用条件の範囲では最も厳しい条件に相当する許容荷重および許容最小シーブ径の条件でのS曲げ疲労試験の結果,試験したいずれのワイヤロープにおいても顕著な内部断線損傷が観察され,適正使用状態においても内部損傷対策が必要なことが明確となった。
  2. 実用上重要なより幅広い使用条件として,過負荷および腐食環境,グリース不足等の不適切な使用条件,上記の許容条件より穏やかな使用条件に対応した試験条件,さらには曲げ方式の違いが内部断線損傷に与える影響を検討し,その結果,IWRC 6×WS(31)において一部の条件で少ない場合が見られるが,両種ロープとも幅広い条件で内部断線損傷が発生しやすい性質を有することを確認した。また,事故事例および鋼心入り構造の特徴,腐食が内部で生じ易いことから,IWRCワイヤロープは,移動ロープとして使用される場合,一般的特性として内部損傷が優先してあるいは顕著な割合で生じる特性を持つと結論した。
  3. 上記2.の結論は,これまで曖昧であった内部損傷の問題が明確になったこと,しかも,使用条件を選ぶという安全対策の採用は不可能であることも示している。結局,対応策は,いかに的確に内部損傷を検出ないしは推測するかに係ってくる。これについては1.5のテーマで検討した。

素線断線損傷の進行特性について

SRR-No18-04
田中正清
 ワイヤロープの安全管理の質の向上のためには.正確な寿命の把握,そのための損傷進行特性の把握が不可欠である。そこで本テーマでは,IWRC 6xFi(29)について.従来考慮されていなかった内部を含めた断線損傷の進行特性を定量的に表示することを試みた。本実験の範囲で以下のことが明らかとなった。
  1. D /d の違いに無関係に,内部断線損傷の割合は疲労の初期の方が大きい。
  2. 可視断線数の最大値C v maxの繰返し数N への依存性は次式で近似できる。
       C v max=AN m
     ここで,A およびmは定数であり,D /d によっても変化する。
      また,D /d =16の場合,ストランド外層素線断線総数の最大値C 0 maxおよび同ストランド総素線断線数C t maxの繰返し数N への依存性は次式で近似できる。
       C 0 max=3.68x10-15N4.25
       C t max=1.03x10-13N3.88
     さらにこのC t maxは可視断線数の最大値C v maxの関数として次式で与えられる。
       C t max = 7.3 C v max 0.69
 この種の関係式はロープの損傷状態を内部も含めて詳細に検討する場合に極めて有効と考えられる。

ワイヤロープ用鋼及びSNCM439鋼のフレッティング疲労挙動

SRR-No18-05
橘内良雄,S.Genesh Sundara Raman,Muthuswamy Kamaraj
 本テーマでは,ワイヤロープが繰返し荷重を受ける場合素線同士が強く押し付けられた状態で互いにすべりを生じるいわゆるフレッティング疲労の基本的特性を明らかにするため,またフレッティング疲労に及ぼす各種試験条件の影響をを検討するため実験的検討を実施した。主な結果は以下の通りである。
  1. フレッティング疲労強度はフレッティングがない場合に比べ,ワイヤロープ鋼で55~70%,比較材SNCM439鋼で34~57%低下し,また面圧の増加につれ低下する傾向を示す。
  2. パッド間隔が増加すると相対すべり振幅が増加し,疲労寿命が減少する。また摩擦係数は相対すべり振幅の増加につれ増加し同振幅が約15μm以上ではほぼ一定となる。また疲労寿命は面圧調整方式の違い(ネジ式と油圧式)によっても,試験片形状およびパッドの形状によってもことなる。
  3. フレッティング疲労き裂は半楕円状表面き裂として発生・進展し,貫通き裂に遷移後最終破断に至る。起点近傍の破面は負荷方向に対して10~20°傾斜し酸化摩耗粉が付着していることが多い。また互いに擦れ合う試験片とパッドの表面粗さはほぼ同程度となる。

ワイヤロープ破断事故防止対策について

SRR-No18-06
田中正清
 本特別研究における事例の検討,損傷発生特性の実験的検討によって,この種のワイヤロープに内部損傷先行特性があることが判明し,安全確保の対策はその内部損傷を如何に正確に検出するかにかかっていることが分かった。
 そこで本テーマでは,内部損傷を考慮した点検に応用できそうな手法として,
  1. ロープ内部を直接観察する
  2. 断線の許容基準を厳しくする
  3. 使用期間による判断
  4. 内部損傷促進因子の排除
  5. 十分なロープ油の補給
  6. 内部損傷の検出法の開発
  7. ロープ伸びの測定による損傷評価法
  8. ロープ径等の測定による損傷評価法
 等の従来の手法と共に,クレーン用ワイヤロープ関係者の検討結果として提案されている簡易点検マニュアルおよび新しい電磁探傷装置についてその応用可能性を検討した。
 結果として,最後の二つの手法,すなわち,日本クレーン協会で販売している「クレーン用ワイヤロープの簡易点検マニュアル」および市販の電磁探傷式「ワイヤロープテスター」を実際的でかなり有効な手法として推奨した。


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