労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.16 の抄録

高年齢者の安全確保のための機器及び作業システムの開発に関する特別研究(第2報)

重量物組立支援のための重量物搬送システムの開発

SRR-No16-02
杉本旭,池田博康
 高齢者がクレーンで重量物を搬送する際の支援機器として,クレーン作業時の荷振れ抑制機能と,荷降ろし作業時の微細位置決め機能を持つ遠隔操作型支援マニピュレータの開発を行った。
 この種の機器では,重量物の搬送時にクレーンとマニピュレータ間の適切な協調制御を必要とする。しかし,従来の協調制御方式では,クレーンに緩衝性(バネ弾性)を持つマニピュレータを取り付けて過大なカの発生を防ぐ場合が多かったために,バネ系の力が変化するとマニピュレータの位置も変化し,これが位置決め精度を低下させる原因とならていた。
 そこで本研究では,クレーンのマニピュレータを駆動する空気圧シリンダに正作動型の摩擦ブレーキを取り付け,このブレーキに流れる電流の大きさによって静摩擦力を調整してシリンダの剛性を制御する方式(バランス・サーボ方式)を提案した。
 このような方式とすれば,仮にマニピュレータに作用するカが変化しても,それが静摩擦力の範囲内であればマニピュレータの位置(変位)は変化せず,その結果荷降ろし時の位置決め作業を正確に行うことができる。これにより,従来の空気圧シリンダでは実現できなかった1mm以下の精度での位置決め制御が可能となった。
 またこの方式では,摩擦ブレーキが滑り状態となるようにブレーキ励磁コイルの電流を調整することによって,重量物の運動エネルギーを消散する制動状態を作ることができるが,これは荷振れを抑制するための機構として作用する。さらにこの方式では,荷振れによりマニピュレータ本体が転倒するおそれがあるときは,この転倒条件をロードセル等のセンサで検出して摩操ブレーキへの通電を停止することにより,重量物とマニピュレータ間の結合を切り離し,転倒を防止することも可能である。

追従型搬送台車機構の開発

SRR-No16-03
池田博康,杉本旭
 手押し台車による重量物搬送作美の支援機器として,作業者に自動追従する搬送台車システムを開発した。このシステムでは,搬送台車が自動的に作業者に追従するように,複数の赤外線センサを使用して台車前方の作業者の位置を常時監視し,この位置情報に基づいて台車の走行速度や操舵を制御している。
 このシステムでは,何らかの理由により自動追従中の台車が作業者と接触すると,重量物が台車から落下して高齢者に危害を加えないとも限らない。そこで,前述の位置情報を利用して高齢者と搬送台車の間隔を常時監視し,間隔が所定の範囲内の時は台車の運転を許可し,間隔が近すぎるとき,遠すぎるとき,センサが故障したとき等は運転許可情報を生成しないようにシステムを構成した。このような制御方式の採用により,安全が確認できないあらゆる事態(近づき過ぎ,離れ過ぎ,センサ故障等)に対して台車の確実な停止を可能としている。
 また,このシステムでは,前方の作業者の走行状態に従って台車の走行速度や操舵を制御しているが,これは高齢者の側で台車を能率良く制御できる可能性があることを意味する。このように本システムでは,安全の確認は機械側に行わせ,稼働率の向上は人間側が担当することにより,安全でかつ生産性の高いシステムの実現を可能としている。これは,従来の自動化システムや支援システムにおける人間と機械の役割とは逆の発想に基づいている。

高齢者の人間特性を考慮した自動倉庫用安全システムの試作

SRR-No16-04
梅崎重夫,深谷潔,粂川壮一,清水尚憲
 高齢者が不得手とする高所作業や狭隘な場所での作業,広大な領域の安全確認作業,ME機器等の操作作業等を有する典型的な倉庫関連設備として自動倉庫を選定し,この設備を対象に高齢者の人間特性を考慮した安全システムの試作を行った。試作したシステムには,次のようなものがある。
  1. 荷ずれ処理作業システム
     倉庫内の棚の上にある製品が荷ずれや荷崩れを起こしたときに,高齢者が直接高所に登ることなく,遠隔操作によって荷ずれや荷崩れを処理できるシステムを試作した。このシステムでは,荷ずれ処理中にマニピュレータが荷を損壊することのないように,荷の硬さに応じた力制御が可能な空気圧式のマニピュレータを用いた。
  2. ピッキング等の作業時における安全システム
     倉庫内の棚の一部を製品の小出し(ピッキング)・返品・在庫確認等の作業を行う専用領域とし,この領域をシャッタ等で遮蔽することにより,高齢者がピッキング等の作業を安全に行うことができるシステムを試作した。このシステムでは稼働率の低下を防止する制御はコンピュータ側で行い,安全確保の制御はフェールセーフな安全制御回路で行うようにして,安全で作業性の良い階層化された安全制御システムを実現した。
  3. トラブル処理と保全作業時の安全システム
     トラブル処理や保守・点検・補修等の作業時に,高齢者が誤操作を行ったり,スタッカクレーンが暴走したときは,直ちにスタッカクレーンを緊急停止して作業者の安全を確保するシステムを試作した。このシステムでは,スタッカクレーンの走行や昇降のいづれの動作に対しても,操作装置,非接触式安全装置,接触式安全装置等を適切に組み合わせることにより,作業者の安全を確保できる構成としている。

高齢者の視覚能力を補完するレーザー式安全装置の試作

SRR-No16-05
梅崎重夫,深谷潔,池田博康
 倉庫関連設備である自動倉庫,パレタイザ;コンベヤ等に広く適用できる機器として,視覚能力の低下した高齢者に代わって広大な領域の安全確認を自動的に行うレーザー式安全装置の開発を行った。
 この装置では,万一レーザー光が人間の目に直接照射されても目に障害を起こすことのないように,投光器からレーザー光をきわめて短時間だけ発光し,レーザー光が受光器に到達したときは,人体が存在していないものとして次のレーザー光の発生を短時間だけ許可し,レーザー光が受光器に到達しなかったときは,人体が存在しているものとして次のレーザー光の発生を禁止するという方式(逐次確認方式)を考案した。
 この方式を,投光器の中心波長が670nm,レーザー光出力が1.5mW,労働省通達で定める等級がクラス3A(連続光照射の場合)のレーザー式安全装置に適用したところ,人間の目がレーザー光に暴露される時間は,試作した装置では27ms以下に抑えられることが分かった。これは,レーザーの等級で言えばクラス1に該当する。

高齢者の作業負担を軽減する起動時の警報システム

SRR-No16-06
深谷潔
 広大な作業空間を持つ倉庫関連設備に広く適用できる機器として,高齢者の聴覚特性を考慮した起動時警報システムの開発を行った。
 このシステムでは,高齢者の操作ミスによって起動時に警報が鳴らないという事態を防止するために,起動操作時には自動的に警報を鳴らす構成としている。また,劣悪な環境下で使用される設備では,しばしば警報装置が故障し,警報が鳴らないということがある。そこで本研究では,警報音が確かに鳴っていることを音響的に確認した後に,初めて設備の起動を許可するシステムを開発した。
 この装置は,警報の故障が直ちに重大な災書に結びつく自動倉庫,コンベヤ,パレタイザ等に有効と考えられる。なお,この装置では,警報システム自体の故障が災の原因となることのないように,回路をフェールセーフな構成としている。また,警報音は,高齢者が聞きやすいように,加齢による聴覚能力の低下が起こりにくいと言われている低周波領域(本装置では300Hz前後)としている。

自動倉庫における危険領域防護システムの論理的考察

SRR-No16-07
深谷潔,粂川壮一,梅崎重夫
 機械の安全防護のあり方を一般的に示すために,人間と機械が同一時刻で同一場所に存在するときに災害は発生するという論理モデルを基に,自動倉庫を例にとり,災害を防止するための条件を論理的に考察した。この考察の過程で,隔離の原則,停止の原則,インタロック等の重要性が明かとなった。
 また,安全防護の方式には,人間が危険領域に進入したことを光線式安全装置やマットスイッチ等によって検出して機械を停止させる方式(安全停止方式)と,機械が停止したことを何らかのセンサ(たとえば,モータの回転を監視するセンサなど)によって確認し,この情報に基づいて進入ロの扉のロックを解除する方式(進入防止方式)がある。しかし,本報での検討の結果,安全停止方式では作業者が安全装置を迂回又は無効化して危険領域に侵入する危険性もあるために,防護方式の形態はできる限り進入防止方式とすることが望ましいことが分かった。


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