労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.13 の抄録

高年齢者の安全確保のための機器及び作業システムの開発に関する特別研究(第1報)

緒論

SRR-No13-01
梅崎重夫,深谷潔
 本研究は,高齢者が行う非定常作業の安全確保を目的として実施したものである。
 上記の作業で災害が多発する背景には,事前の設備対策が困難なために,満仲青白身が作業に伴う危険の認知と回避を行わざるを待ないことや,高齢者が自らの身体(手・足・腰等)を直接利用して作業を行うために,作業床の状況や照明,騒音,作業空間等の周辺環境の状況か悪いと,直ちに重大な災害が生じるためと考えられる。また,高齢者側の問題でいえば,加齢こよる身体機能の低下や,若年者と比較して新技術の習得が困難である等の問題もある。
 以上の問題の所在を前提として,本研究では,高齢者が行う非定常作業の安全確保を図るための人間工学的条件の解明と,高齢者のための安全な機器及び作業システムの開発を目的として,平成2年度から6年度までの5年間にわたり「高齢者の安全確保のための機器及び作業システムの開発に関する研究」と題して研究を行っている。本報告書は,この研究成果のうち,平成4年度までに終了した,高齢者の人間工学的特性を対象とした研究をまとめたものである。

高齢者の墜落災害と潜在危険性の評価法に関する研究

SRR-No13-02
永田久雄
 第2章では,歩行環境及び騒音環境を改善するための研究として,歩行環境で発生する転倒・転落・墜落等の災害を防止するために,平衡機能検査(開眼片足立ち検査)と敏捷性検査(ジャンプ・ステップ検査)を用いて,これらの災害に至る可能性の高い高齢者を抽出する方法を検討した。
 その結果,板上での閉眼片足立ち時間が2秒以下,床上での閉眼片足立ち時間が8秒以下.ジャンプ・ステップ検査が10回以下では,転倒・転落・墜落等の危険性が急激に高まることが明かとなった。

作業環境騒音が高齢者の作業効率に与える影響に関する研究

SRR-No13-03
江川義之
 第3章では,歩行環境及び騒音環境を改善するための研究として,高齢者に,高周波衝撃騒音,同定常騒音,低周波衝撃騒音,同定常騒音,フラクタルノイズ,残響性騒音,騒音なしの7条件下で作業を行わせ,そのときの作業効率を調べた。
 その結果,高齢者が自らペース配分を行える自律的作業においては,繰り返し作業時間の突発的延長が認められ,高齢者が機械のペースに合わせて作業を行う他律的作業では,見逃しエラーの増大が観察された。
 さらに,作業に悪影響を及ばす騒音として.残響性騒音が挙げられた。この騒音の暴露下で単調感を抱き始めると,騒音は人間が集団で騒いでいるような擬声語として聴取され,作業に対する集中力を阻害する結果が得られた。さらに,騒音による負担感の自覚症状調べで調査した結果,残響性騒音では他の騒音と比較して注意集中の困難を訴えた比率が高かった。 

高齢者危険感受性に関する実験的研究

SRR-No13-04
臼井伸之介
 第4章では,高齢者が行う危険性の事前予測を対象とした研究として,若年者と高齢者に対して,危険作業のビデオ画像を堤示して,危険感受度(どの程度危険と感じるか),危険認知度(どれだけ危険を発見できるか),行動準備性(発見した危険に対して,どのような行動がとれるか)の3測度を評価した。
 その結果,高齢者では若年者と比較して危険感受度のみ高く,他の測度では若年者と高齢者の間で有意な差は認められなかった。また,作業別にみると,高齢者では日常作業の,若年者では自動車運転作業の危険感受性が優れていることが分かった。さらに,分散分析,因子分析,信号検出理論等の利用により実験結果を解析したところ,両者の危険感受性は年齢よりむしろ提示した作業内容についての個人の知識や経験に強く影響されており,また,高齢者は若年者と比較して対象が危険がどうかの弁別性が劣り,危険に対する判断もより慎重であることが分かった。

触覚による高齢者の危険認知能力の評価

SRR-No13-05
深谷潔
 第5章では,高齢者が既に作業を開始しており,そのため危険な状況に置かれているときの危険認知を扱った研究として,高齢者と若年者を被験者として,人体に近接したロボットが突然動き出すという状況の下で,そのときに被験者がロボットの動きを認知して非常停止等の回避動作を行うまでの時間を測定した。
 その結果,動き出すという危険の認知に関しては,視覚による認知より触覚による認知の方が,迅速性や確実性の点において,はるかに有利であることが分かった。しかし,仮に触覚を利用した場合でも,高齢者の中には,若年者と変わらない人もいる反面,応答がきわめて遅い人もいて,個人差が大きいため,後者のような高齢者を対象に,危険認知能力をバックアップするシステムが必要であることが分かった。

高齢者の特性を考慮した操作装置の改善に関する研究

SRR-No13-06
深谷潔,池田博康,梅崎重夫,清水尚憲
 従来の操作装置に関する研究では,作業者による操作の容易性を主眼に置いた研究が多い。しかし,筆者らの調査によれば,高齢者では,操作の容易性よりも,確実な意志確認機能や,可能な限りシステムの停止を避け,かつ,万一停止したときにも復帰を容易化するための機能に対する要望が強かった。
 そこで,第6章では,高齢者の作業特性に適合するように操作装置を改良することを目的として,高齢者のための意志確認手段として,ONディレースイッチ,OFF起動スイッチ,両手同時操作スイッチ,3位置スイッチ等を新たに試作し,これを高齢者に操作させて,その効果を見た。
 実験の結果,いづれの装置においても,加齢による操作能力の低下等は認められなかった。たとえば,両手操作の時間差は,高齢者平均で17msであり,本研究で採用した0.1秒以内の時間差とすれば,大部分の被験者がこの間に操作を完了できるため,高齢者の意志確認手段としては適切であることが判明した。

倉庫作業用挟まれ防止システムの安全性評価に関する研究

SRR-No13-07
梅崎重夫,清水尚憲
 倉庫作業では,機械の危険な可動部に近接して行う作業(危険点近接作業)が非常に多い。そこで,高齢者による非定常作業の多い作業として,この作業に対する安全手段として,第7章では,接触式の人体検出センサであるセーフティ・エッジを利用した挟まれ防止システムを提案した。
 このシステムでは,セーフティ・エッジが人体と接触するときの挟まれ力を人体許容限界以内としなければならない。この限界を定めるための方法には,人体が破壊に至る力を材料力学的に解明し,この結果に対して適切な安全率を定める方法もあるが,ここでは安全率に依存しない方法として,人体の破壊を予測する事象を実験的に明らかにし,この事象の発生をもって災害を予測することにした。
 この事象には,人間による痛みの感覚を利用した。この痛みは,人間の主観に基づくと考えられているが,人間の指を挟圧していく実験の結果,痛みの発生と関連して人間の指の粘弾性特性が顕著な変化を示すことが分かった。これは,痛みという主観を人体物理特性という客観に置き換えて尺度化できることを意味する。


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