労働安全衛生総合研究所

研究報告 RR-90 の抄録

構造用鋼の疲労き裂に対する水素雰囲気の影響 –大気圧水素の場合について–

RR-90-1
田中正清
 大形構造用低炭素鋼SB42の疲労き裂成長特性に対する大気圧水素雰囲気の影響を,高ΔK 条件およびそれと対照的なき裂成長の下限界に近い低ΔK 条件について破壊力学的およびフラクトグラフィ的な観点から検討した。高ΔK 条件は大形の試験片により低サイクル条件で,低ΔK 条件は小形の試験片を用いて高サイクル条件で実験した。その結果,大気圧水素雰囲気は低ΔK 条件ではこの鋼材の疲労き裂成長には有意の影響を与えないが,高ΔK 条件においてはそれを著しく促進する有害な影響を有することが確認された。破断面のぜい性的な特徴からそのき裂成長加速効果はき裂先端局部で生じた繰返し水素ぜい化の機構によるものと判断される。なお先に水環境中で観祭された加速効果も結局はこの場合と同じ機構と推測される。

固有フェール・セーフ・システムの構成と多相安全設計について

RR-90-2
佐藤吉信
 A-Cモデルは,システム安全におけるシステム合成(多相安全設計)問題に対処するために展開されてきた方法論である。本論文では,まず,系の状態遷移エントロピ・モデルを導入して,固有フェール・セーフ・システムの定義を明確にした。次に,多相安全設計が大局的多相安全設計と局所的多相安全設計から構成されることを述べ,後者が潜在危険制御系をフェール・セーフ/フォールト・トレラント・システム化することにより実現されることを示した。さらに,系の状態遷移を行うための制御形式および相反潜在危険と潜在危険制御系の関係を考察して,フェール・セーフ・システムの構成法則を一般化した。これらの知見がA-Cモデルを拡張してシステム・シンセシスの系統的方法論を提供することを,バッチ方式化学プラントの固有フェール・セーフ・システムの構成と多相安全設計の事例を通して確認した。

トンネル工事の作業工程からみた労働災害の発生傾向について

RR-90-3
鈴木芳美,花安繁郎
 本報では,トンネル建設工事における労働災害の被災状況の実態と工事種類・工程などとの関連を,主に労働災害による傷害程度(休業日数)とその累積頻度分布の関係を中心に分析した結果を述べた。主な分析結果として,
  1. 工程ごとの労働災害の発生状況
  2. 労働災害による傷害程度(休業日数)とその累積頻度分布との関係が両対数紙上で直線となる関係
  3. 災害1件あたりの傷害程度の期待値の大きさ(約90日)
  4. 工事内容の種類(山岳トンネル,シールド,推進トンネル)による傷害程度の大きさの美異
  5. 工事の諸工程ごとの傷害程度の大きさの差異
  6. 被災労働者の年代別の傷害程度の大きさの違い
  7. 傷害程度の大きさの変動に強く作用している要因として「災害の種類」が挙げられること
 などについての知見が得られた。

靴のすべり試験方法に関する研究(第2報) –すべり試験装置の開発–

RR-90-4
永田久雄
 本報では,当研究所で開発した靴すべり試験機について論じた。すべり試験装置の基本的な設計条件を知るために靴すべり試験機を試作し,その試験資料をもとに,動摩擦抵抗係数をより安定して測定できる試験機を開発した。開発した靴すべり試験機の特徴は,振動ノイズを除去するための機構,水平方向力検田機構,人工足並びにサーボモータを使用したプログラム制御システムにある。

可燃性ガス–粉体混合物の爆発特性(その1) –水素–コーンスターチ粉の場合–

RR-90-5
林年宏,松田東栄,松井英憲
 可燃性ガス・蒸気と粉体の混合物による爆発に関する研究の一環として,水素–コーンスターチ粉–空気混合物の爆発特性をしらべた。実験は,密閉容器中に吹き上げて分散させた粉体に着火する方法によった。粉体–空気混合物の爆発圧力の最大値は,化学量論組成の水素–空気混合ガスの爆発圧力に匹敵した。化学量論組成を超える濃度の水素–空気混合ガス中では,爆発圧力は粉体星の増加につれて減少したが,水素希薄混合ガス中では逆に増大した。爆発圧力上昇速度に及ぼす粉体の影響も爆発圧力の場合と同様の傾向を示し,粉体量の増加は水素過濃側では上昇速度の減少を,水素希薄側では増加をもたらした。燃焼下限界付近の組成の水素–空気混合ガスであっても,少量のコーンスターチ粉の場合により爆発圧力及び圧力上昇速度の急激な増加を示した。

大型垂直管装置による粉じん爆発下限界の測定

RR-90-6
松田東栄,林年宏
 上端閉,下端開放の内径255mm,長さ945mmの円筒配管を用いて,上方火炎伝ぱ基準で有機粉じんの爆発下限界を測定した。その結果,石松子の下限界は70g/m³,プラスチック添加剤23種の粉じんのそれは70–200g/m³であった。これらのデータの最小値70g/m³は,同じく大きな装置で測定されたコーンスターチの文献値と一致した。ここでの結果は,最も低いもので,ハートマン型試験装置などによる従来データの約2倍以上の値であるが,縦方向の上方火灸伝ぱが達成される真の下限界は,このような高い濃度になる。

化学構造からの熱危険性データの予測 –ベンゼン単環誘導体–

RR-90-7
藤本康弘,安藤隆之,板垣晴彦,森崎繁
 化学物質よる爆発・火災事故を防止する為には,その化学物質の危険性を知る事が重要であり簡単に事前評価できる手法の開発が求められている。ここではベンゼン単環誘導体についてDSCの測定結果とその化学構造との関係について多変量解析を用いて解析した結果を報告する。危険性の予測指標には,感度を示す指標として発熱開始温度を,威力を示す指標として発熱量を用いた。まず重回帰分析で予測指標の値を直接求める予測式を検討し,発熱量こついては官能基中の各種の結合の数を説明変数とすることで不充分ながらもある程度使用に耐える予測式が得られた(R2=73.5%)。発熱開始温度については今回の検討では使用に耐える予測式は得られていない。次に上記予測式を参考にして発熱量200cal/gを一応の境界として判別分析により危険物かどうかの判定式を求めた。

加圧空気中における有機絶縁材料の高電圧小電流アークに対する耐性

RR-90-8
本山建雄
 加圧空気中(0.1~1.9MPa)において,有機絶縁材料の高電圧(50kV),小電流(10mA)のアークに耐える時間を測定した。通電段階はJIS-K-6911(5.15耐アーク性)に従っている。全ての供試村料(メラミンガラス積層板,エポキシガラス積層板,フェノール樹脂等)のアークに耐える時間は加圧初期(0.1MPa~0.4MPa)に大きく減少するという結果が得られた。この主な原因はアークが加圧とともに試験片に近づき,導電路の形成を早めることにあると推定される。なお,この気圧範囲は現存する作業領域の気圧範囲に含まれており,潜在的な危険性があることを意味する。したがって,電気機器をこの様な気圧範囲で使用する場合,高圧回路から発生するアークによる有機絶縁材料の絶縁性の劣化に考慮することが必要である。

固液二相系の撹拌・混合による静電気帯電の定量化と帯電防止

RR-90-9
児玉勉,田畠泰幸
 可燃性液体と粉体を攪拌,混合するときの静電気帯電に起因する火災,爆発等の災害防止を目的として,実験研究を行った。実験では,金属製円筒容器に1620cm³の試料を入れ,回転翼で攪拌し,静電界計で帯電量を測定した。試験液体は灯油とキシレン,試験粉体はガラス粉,ガラスビーズ,アジピン酸,二酸化チタン,エポキシ樹脂を用いた。実験の結果,粉体と液体を攪拌,混合するとき,帯電の量や極性が粉体の種類,粒径分布,形状等に影響されるものの,液体/粉体の界面での多大な電荷分離によって,攪拌中の帯電及び攪拌停止後の電化上昇が危険な水準に達することが確認された。また,帯電防止のためには,除電剤又は導電性が比較的高い溶剤を添加することによって,液体の導電率を1x10-9 S/m程度に高めればよいことも判明した。

我国における労働災害統計資料整備の変遷と災害指標の国際比較に関する調査研究

RR-90-10
花安繁郎
 労働災害の定義や取り扱う範囲や内容は,産業の発展段階や労働事情が国によって異なっているので,それぞれの国や時代によって異なっている。従って、労働災害発生状況の時代推移や国際間での比較調査を行うためには,各国の労働災害に関する定義や評価法を前もって知っておく必要がある。本論は,まず,我国において労働災害に関する統計資料が蓄積・整備・分析されるようになった歴史的経緯について述べ,ついで,労働災害の発生状況を記述するいくつかの災害指標に関して,その定義,評価内容,および計算方法などについて,国際間の比較や変遷をILO(国際労働機関)国際労働統計家会議での議決を中心に調べた結果を報告し,最後に,これらの労働災害指標利用上の問題点や,労働災害統計資料整備の今後の方向性について言及したものである。


刊行物・報告書等 研究成果一覧