労働安全衛生総合研究所

研究報告 RR-89 の抄録

大型構造用低炭素鋼の疲労き裂伝ぱ挙動に対する寸法および水環境の影響

RR-89-1
田中正清
緒言
 機械や構造物は繰り返し荷重条件下で使用されることが多く,しかもそれらの部材中には種々の原因で導入された強度上の欠陥が含まれていることが多い。このような部材の寿命を把握しそれらを安全にしかも経済的に設計,製作および使用する条件の決定のためには,速度を中心とする疲労き裂伝ぱ挙動の主な支配因子を見だすことが必要となる。parisらはそのような因子として破壊力学の主なパラメータである応力拡大係数の変化幅ΔKを用いた。一般的には疲労き裂伝ぱ速度dl /dN はΔKを用いて次の形で表わされる。
   dl /dN = C (ΔK)m・・・・(1)
ここで,l はき裂長さ,N は荷重繰返し数,mおよびCは材料定数である。しかし,詳細にはき裂伝ぱ速度は種々の因子の影響を受けるためそれらに対する検討がなされており,例えば応力比やき裂伝ぱの上限界条件の影響を考慮した上式に対する修正式も提案されている。
 一方,電子顕微鏡を用いたフラクトグラフィは,破壊事故解析および破壊機構の究明のための有力な手法となつているが,ストライエーション間隔とdl /dN あるいは応力拡大係数との対応が指摘されて以来,破壊機構の定量的解析法として用いられ,式(1)の関係を仲介に,とくに疲労き裂伝ぱ挙動の解明や寿命予測に力を発揮している。
 ところで,じん性の大きな材料を用いる大形構造物は低サイクル(高応力)の繰返し負荷条件下で使用されることが多いが,このような条件でのき裂伝ぱ挙動の研究によれば,比較的高いΔKまで式(1)の関係が成立するとされている。そのようなΔKの上限の決定には,高応力条件下でことにその影響が強くなると予想される応力比や,試験片寸法の効果を考慮に入れた検討が必要と思われる。しかし,そのような観点からの系統的研究は見当たらない。
 また,疲労き裂伝ぱ挙動に着目した環境効果の研究は歴史が浅く不十分な状態にあり,鋼に限って概観しても,耐食性の高級・高強度の材料に対してはかなり報告されているが,実用上重要と思われる構造用低炭素鋼の高応力条件を対象としたものは極めて少ない。
 本研究は,最終的には冒頭に延べたように材料を安全に使用する条件の確率を,直接的には破壊事故調査における破面の定性的および定量的評価のための資料を得ることを目標にした一連の実験的研究の一環として実施したものである。前報では高サイクル領域における疲労き裂伝ぱ特性に注目して検討したが,本報では上述の状況を考慮し,強度の異なる2種の構造用低炭素鋼の大形試験片について低サイクル(高応力)域の疲労き裂伝ぱ実験を行い,そのような条件でのき裂伝ぱ速度に及ぼす板幅および板厚の影響,それと関連しての式(1)の適用限度,き裂伝ぱと巨視的および微視的破壊様式の関係,巨視的および微視的き裂伝ぱ速度の関係,さらにそれらに対しての自由腐食条件下の食塩水および純水環境の効果を,破壊力学的およびフラクトグラフィ的に検討した。

有機質結合剤を用いた微細砥粒砥石の疲れ強さに関する研究

RR-89-2
粂川壮一
緒言
 近年,コンピュータ機器および情報通進機械をはじめオーディオ機器・ビデオ機器などの磁気ヘッド等の精密研削加工や,シリンダー・圧延ロール・ピストンピン等のロッド類の仕上げ研磨あるいは,ノズル(Al,SUS),カメラ圧板(Al)等の研磨仕上げに研削加工が適用されている。これらの新しい材料部品の研削加工には,有機質原料の特殊結合剤を使用した研削砥石が多く使用されるようになってきている。
 これらの加工分野で使用される研削砥石は,粒度が600番から3000番,5000番という非常に細かい砥石が用いられており,かつ被研削材の加工面は,その用途上極めて研削熱による加工変質層を少なくすることが要求されることから,研削砥石の結合度も低く軟質であり,従来から多く使用されている一般の研削砥石とは異なった機械的特性を有するものである。
 このような有機質結合剤を用いた微細砥粒研削砥石の使用が多くなってきている傾向の中で,その回転中における破壊事故の発生も増加しつつあるのが現状である。研削作業においては,工具としての研削砥石が高速回転状態で加工を行うため,回転中の研削砥石が何らかの原因によって破裂する砥石破裂事故は,研削作業における災害のうち最も重篤な災害となる危険を有している。
 ところで,研削砥石に関しては昭和46年に研削盤等構造規格が施行され研削砥石の安全性に関する構造的要件が規定された。例えば,研削砥石の最高使用周速度の決定法およびそれを基準とした1.5倍の速度における回転試験(製品の強度保証のための非破壊試験)等が規定されているが,当時は上述したような微細砥粒を用いた有機質結合剤の特殊な研削砥石は使用されていず,一般の研削砥石を対象とした規定である。従って,近年多用されるようになってきた微細砥粒砥石の繰り返し荷重下における破壊強度の挙動を把握することは,今後における研削盤等構造規格の見直しなど研削砥石の安全に関する基準の適性化のため必須であり,また,その安全な使用方法を国が指導するためにも必要なデータとなる。
 このような必要性から,本報では,有機質結合剤を用いた微細砥粒研削砥石の静的破壊強度と繰返し荷重下における破壊強度の挙動について実験的に究明し,検討を行った。

繰り返し衝撃騒音の評価法設定に関する研究

RR-89-3
江川義之
緒言
 騒音とは望ましくない音であり,不快なという心理的影響とともに,聴力損失,会話妨害という影響も及ぼす。騒音の評価法は,騒音の及ぼすこれらへの影響を測定する尺度であり,周波数補正,時間帯補正,レベルの変動の処理法等により非常に多くの評価法が存在している。そこでまず本章において,騒音の種類と評価法について体系的に述べる。
 騒音は発生源別と音の性状別に分けられる。発生源別に騒音をとらえた場合,すでに評価法の定まっているものが多い。たとえば,自動車騒音のTNI法,航空機騒音のPNL,EPNL,WECPNL,NNI,NEF等の各評価法はこれに該当する。
 一方,騒音を性状別にとらえた場合,評価法の定まっている騒音とそうでないものがある。そこで,Table 1にISOによる騒音の分類を示し,各種騒音の評価法について述べる。
 非定常音の場合,定常音と比較することにおいて評価されることが多い。たとえば変動音を評価するLeq(等価騒音レベル;式(1))やLen (Total energy level;式(2))は,変動音をそれと等しいエネルギーを有する定常音のレベルに変換して評価している。また分離バースト音の評価には,式(3)に示すLAE(単発騒音暴露レベル)が用いられる。前述したLeqは変動音の総エネルギー量をその継続時間で除してエネルギーの平均値を求めているのに比較し,LAEは分離バースト音の総エネルギー量を規準化時間(1秒)で除した平均エネルギーを求めている。
式(1),(2),(3)は略。
 間欠音については「観測時間中にレベルが急に暗騒音のレベルまでしばしば低下する音で,レベルが暗騒音とほ異なる一定レベルにとどまっている時間が1秒以上の音」という定義があるが評価法は定まっておらず,状況によりLAEやLeqを代用している。
 繰り返し衝撃音(準定常衝撃音 quasi-steady impulsive noise)は「ある時間間隔で,類似した振幅のバーストが発生する音系列」と定義されているが正確な評価法は定まっていない。
 そこで本研究報告は,機械工場や建設現場で多く用いられる衝撃用工具から発生する繰り返し衝撃音を対象にして,人間の聴覚特性を考慮した評価法を検討した。

靴のすべり試験方法に関する研究(第1報) –測定の基本について–

RR-89-4
永田久雄
緒言
 労働現場で使われる安全靴は落下物からの爪先防護を主たる目的として使用されてきたが,最近.すべり,転びの事故を防止する観点から,靴底の耐滑性能の向上に関心が向けられるようになつてきた。安全靴の日本工業規格のなかでも,靴底材の耐滑性を安全靴の具備すべき条件としている。しかし,その試験法は全く明示されていないのである。
 当研究所では床に関していくつかのすべりの研究を成してきたが,安全靴の耐滑性能の試験法の確立にあたっては,すべり現象そのものが複雑であり,従来の安全靴の強度試験法とは全く違った考えによって行わざるを得ないことが分かってきた。近年,欧州を中心に靴すべり試験法を国際的に検討する機運が生まれてきた。しかし,共通した測定,評価方法を確立するには.まだまだ,検討すべき余地が多く残されているのが現状である。
 そこで,本報では安全靴の耐滑性能を測定するための試験法を確立する上で,最も基本となるところの,「すべり」の概念の明確化とその測定結果の適用範囲,並びにすべり試験機の信頼性の検証方法について論じる。なお,次報においては,開発したすべり試験機について論じる予定である。

災害発生時間の分布に関する研究(5)

RR-89-5
花安繁郎
まえがき
 事業所において労働災害の発生危険性を評価する指標には,単位労働時間あるいは単位労働力当りの災害発生件数で示される災害発生頻度率が広く用いられている。とくに,単位労働時間数が100万時間のときの災害頻度率は,我国では災害度数率と呼ばれており,労働省による労働災害動向調査によって産業別,業種別などに分類された全国平均の観測値が毎年報告されている。
 筆者はこれまで,この災害度数率に代表される労働災害発生頻度率が,事業所等において,作業時間の経過とともに変動する過程を,労働災害が発生するまでの時間数を用いて統計的に評価する方法について考察を加えてきた。
 これまでに行ったさまざまな調査・分析から得られた結果には,例えば,最近の建設工事における労働災害の多くがほぼランダムに発生していること,すなわち,一定期間中の災害発生数の分布がポアソン分に,また,労働災害が発生するまでの時間数の確率分布式が指数分布やガンマ分布で表現されること,さらにこれらの分布式のパラメータが災害度数率と関連づけられることなどがあげられる。
 これらの知見より,最近の労働災害の多くは,すくなくとも短期的な期間でみる限り,相互に独立にかつ単位時間当りの発生数(災害発生頻度率)はほぼ一定のもとで発生していると考えてよいと思われる。
 しかしながら,災害発生頻度率はこのように時間的,空間的に一定した値であるよりも,むしろ常に変動しばらつきを有して出現する値と考えた方が合理的なことが多い。
 例えば,建設工事では,一般に,作業環境や作業形態のそれぞれ異なった工程の連続的な過程を通してひとつの製品が完成されてゆく。従って,工事の進捗に応じて.労働災害発生危険性も同時に変動してゆくことは充分予想されることである。
 そこで本研究では,災害発生頻度率がある確率分布に従って変動する場合を想定して,そのときの労働災害発生数や災害発生時間数などの確率分布式を求め,実際の災害事例を用いてこれら災害発生数や発生時間数の分布式を検証したり,災害発生時間数などの将来予想を行うことを試みた。本稿はそれらの検討結果をまとめたものである。

危険物の評価試験法と判定に関する研究

RR-89-6
松井英憲,安藤隆之,藤本康弘,森崎繁
まえがき
 化学物質等による爆発・火災防止については,労働安全衛生規則(以下安衛則)で各種の規制がなされているが「危険物」に関しては労働安全衛生法(以下安衛法)施行令別表第1で,その範囲,区分等が定められている。また,安衛則により,危険物の取扱量に応じて化学設備等の安全基準が規定されている。
 近年,新規化学物質や新技術の開発テンポの進展,危険物質の多様化と利用範囲の拡大が著しく,危険物規制に関する再検討が各方面から要望されている。
 国内の危険物規制の見直しに関する公的会合の答申等における主要な方針は,従来の品目指定から科学的な判定に基づいた品目選定への移行,国際的整合性,国内関連法規間の調整及び産業技術の進歩との調和などが挙げられている。その結果として,危険物の定義を明確にし,その危険性を試験によって判定しようとする機運が大勢を占めるに至り,既に消防法では,この方針に基づく改正がなされている。
 以上の状況を踏まえて,本研究は,現行安衛法施行令に定める危険物別表の見直しの参考に資するため,危険物として捉えるべき物質の範囲,区分,合理的試験の方法及びその判定基準に関して実験を行った結果について報告するものである。これらの結果は,今後の安衛則等に定められた安全基準等を検討する際にも役立つものと考えられる。

可燃性液体の撹拌による静電気帯電の定量化と帯電防止

RR-89-7
児玉勉,田畠泰幸
緒言
 石油や有機溶剤などの可燃性液体は,燃料,石油・化学製品の原料,又は各種目的の溶剤として,石油工業,化学工業をはじめとする多くの製造業で使用されている。可燃性液体は導電性が低いものが多く,配管輸送などにより発生した静電気が蓄積するため,取扱い時に静電気による火災,爆発を起こす危険性を有している。すなわち,静電気帯電によりタンク内の液体の電位が高くなると液面から静電気放電を起こし,この放電火花が可燃性液体蒸発と空気との混合気体の着火源となってタンクの爆発や火災を引き起こす。とくに,導電率が1x10-10 S/m以下の低導電性液体は,静電気の帯電性が高いため静電気による火災,爆発を起こしやすく,災害事例の大部分は低導電性液体の取扱い時に集中している。
 液体の静電気帯電現象としては,配管輸送による流動帯電がよく知られ,研究成果も多く発表されているが,攪拌による帯電もしばしば災害の原因となる。具体的には,石油製品を調整するための異種油のブレンド,タンク底の遊離水や配管洗浄水などの混入水と石油の混合,粉体と溶剤のミキシングなどにおける攪拌時に火災,爆発が発生している。攪拌操作は,化学工業や石油工業における基本操作の一つであるので,その静電気帯電危険性を明らかにすることは,災害防止上重要である。
 攪拌による液体の帯電に関する研究成果は,一部報告されているものの,理論的な解明がなされていないばかりか,実験データも不足している。そこで,可燃性液体攪拌時の帯電に影響する要因の解明,帯電危険の把握,及び帯電防止方法の検討を目的として,本研究を実施した。

静電気放電に伴う電磁ノイズの電子装置に及ぼす影響

RR-89-8
田畠泰幸,冨田一
まえがき
 IC,LSI等の半導体素子から構成されるマイクロエレクトロニクス機器(以下,ME機器という)は,多量の信号を高速で処理する。しかし,クロック周波数が数十MHz,信号のレベルが数V以下という高周波,広帯域の微小信号を処理するため,ME機器は電磁ノイズに脆弱である。例えば,電磁ノイズによって信号レベルが揺らぐとか,引いてはME機器が誤動作,故障等を引き起こす等,電磁ノイズは各種の電磁障害(以下,EMIという)の原因になっている。また,電磁ノイズによるME機器の誤動作等が一次原因となって労働災害が発生することもあり,EMIは工業化社会において大きな問題になっている。
 このような背景から,ME機器の電磁ノイズ耐性がクローズアップし,電磁リレー,モータ,ディジタル機器等から発生する電磁ノイズ特性,ならびにそれらのME機器へ及ぼす影響等に関する多くの研究成果が発表されている。しかし,静電気放電(以下,ESDという)に伴って発生する電磁ノイズは,現在市販の測定器で精度のよい測定ができないため,その一部については研究されているものの,ESDによるEMIの問題はまだ十分に解明されていない。特に,ESDに伴って発生する放射電磁界ノイズ(以下,RFNという)は周波数スペクトルの帯域が広いため,ME機器に対するEMIもほとんど未解明である。
 ここではESDに起因するEMI対策を体系的に確立することを目的として,ESDに伴うRFNのME機器への影響について研究した。具体的にはME機器を閉ループ回路に置換した等価回路モデルを用いて,RPNの影響に関する数値解析を試みた。その結果,RFNによってME機器に誘起されるノイズレベルが明かとなり,これらの結果は過去に報告された実験成果を裏付けるものでもあった。また,この解析を通してME機器に誘起されるノイズレベルは主としてRFNの特性に依存することが判明した。以下,これらの結果について報告する。

水中電撃によるけいれんのしきいと可随限界 –交流50Hz、均一電界の場合–

RR-89-9
山野英記,本山建雄
はしがき
 陸上の電撃の危険性については,既にある程度の実験データが蓄積され,相当の知識が得られている。しかし,水中の電撃危険性や生体の反応のしきいについては,実験データが不十分で,陸上の電撃に関する知識を基礎にした推定によっている場合が多い。そしてこの推定は,むしろ工学的な判定基準の設定に近いものである。例えば,SmootとBentelは人間に対する陸上の安全電流を5mAとし,これが水中でどの程度の電圧や電界に相当するかを実験によって調べた。また,Moleは,もし胸部を覆う潜水服を着用しているならば陸上の限界が通用できるとし,これに断定的に決められる安全係数を適用して水中の限界を求めている。
 本研究では,ウサギを用いた水中電撃の実験によって,直接的に,けいれんのしきい(発生限界)を求めた。また,これを基に,けいれんの発生しない水中電界の限界を推定した。観察したけいれんは外見上の反応であるが,これが発生しなければ随意運動の可能性は十分にあるので,けいれんの不発生限界を可随限界(随意運動の可能な電撃の限界)と呼ぶこともできる。この限界は,水中作業者としての潜水者が,自力で,漏電している水中等の危険な領域から脱出できるかどうかの基準となるもので,水中の電撃危険性の評価に重要な一つの指標である。
 既に筆者らは,水中の,下肢の強直に対する許容限界として2.5V/mという推定値を発表し,これ以下の電界においては,随意運動のできる可能性が高いことを述べた。しかし,この値は,下肢の強直けいれんの発生下限に,推測による安全係数を適用して求めたものであった。このため,この便宜的な限界が,どの程度随意運動を保証するかについては,あいまいさが付きまとう結果となった。したがって,本研究では,軽微なけいれんを含めて,その発生限界と不発生限界を測定し,その累積頻度分布を求めた。これによって,上述した2.5V/mにおける累積頻度や,より妥当性の高い可随限界の推定等が可能になる。


刊行物・報告書等 研究成果一覧