第1回WHO協力センターグローバルフォーラム参加報告
1. 会議の概要
労働安全衛生総合研究所(安衛研)は世界保健機関(World Health Organization,WHO)の協力センター(WHO Collaborating Cenres,WHOCC)に指定されています。2026年4月7日から9日までの3日間、フランスのリヨンにおいて「第1回WHOCCグローバルフォーラム」が開催され、人間工学研究グループの蘇リナと環境計測研究グループの高谷一成が参加しました。本フォーラムは世界各地のWHOCCが一堂に会し、WHOとの連携強化や、2025年から2028年にかけてのグローバル・ヘルス戦略への貢献について議論することを目的として開催されました。

写真1 会場の様子(The Global Forum of World Health Organization)
2. 会議での議論の概要
今回の会議では、WHOCCに求められる役割が従来の研究協力や知見提供にとどまらず、政策形成、教育・研修、ガイドライン整備、さらに各国・地域の現場実装へと広がっていることが確認されました。また、個々のセンターが単独で活動するのではなく、国内・地域・テーマ別のネットワークやクラスターとして連携し、WHOのGeneral Programme of Work 14や地域戦略の実装に貢献していく必要性が強調されました。
さらにWHO Academyとの連携を通じた教育・研修機能の強化、グローバル・ヘルス・アーキテクチャ再設計へのWHOCCの関与、コミュニティとの信頼関係に基づく双方向型のヘルスコミュニケーションの重要性など、今後のWHOCC活動に関わる幅広い論点が共有されました。
以下では、本フォーラムで行われた主な議論をセクションごとに報告します。
3. 開会式
開会式では、WHOCCの役割が「科学から政策、さらに実装へとつなぐ接点」として改めて確認されました。特にOne Healthの観点を踏まえ、多国間協力の推進、科学への継続的な投資、さらには地域間格差への対応が重要な論点として議論されました。
また、WHOに加えて各国・地域の関係者からもWHOCCに期待される役割や今後の国際協力の方向性について発言がありました。南アフリカからは健康分野への投資を単なるコストとしてではなく、経済成長や社会レジリエンスを支える基盤として位置付ける必要性が示されました。また、アフリカ地域ではWHOCCの数や資金基盤が依然として十分ではなく、技術協力に加えて持続可能な資金メカニズムの構築が必要であることが提起されました。
一方、ドイツからはWHOCCはWHOの活動到達範囲を拡大する「協力の要」であるとの認識が示され、その基盤として信頼性の高いデータと分析の重要性が強調されました。さらに、WHOCCには複雑な科学的知見を各国の状況に応じて実装可能な政策や技術へと翻訳し、現場へ橋渡しする役割が求められているとの認識が共有されました。

写真2 WHO テドロス事務局長の開会挨拶
4. グローバル・ヘルスにおける機会と課題
このセッションでは、WHOCCネットワークがこれまで果たしてきた歴史的役割と、現在における戦略的重要性について説明がなされました。特に、政府開発援助(ODA)の減少などにより国際保健分野を取り巻く財政環境が厳しさを増す中で、各国機関の専門性を活用するWHOCCネットワークの価値がこれまで以上に高まっていることが強調されました。
WHOは自ら大規模な研究機関を保有するのではなく、各国の大学や研究機関、専門機関との連携を通じて専門性を活用する体制を1949年以来採用しており、WHOCCはその中核的役割を担ってきました。現在では、WHOCCネットワークはWHOの事業や活動を支える不可欠な基盤として位置付けられていることが示されました。今後の重点方針として、WHOCCが有する教育・研修機能をWHO Academyと体系的に連携させる方向性が示されました。これにより、教育の質の保証や学習機会の拡大を図り、グローバルな人材育成体制を強化していく考えが共有されました。さらにWHOの財務改革についても説明があり、加盟国分担金の比率引き上げを通じて、WHO財政の安定化と独立性向上を目指す方針が示されました。
5. 進化するグローバル・ヘルス・アーキテクチャにおけるWHOCCの役割
ここではWHO主導で進められている「グローバル・ヘルス・アーキテクチャ再設計」の方向性について議論が行われました。現時点では具体的な制度実装段階ではなく、今後どのようなプロセスで制度設計を進めるかを定める段階にあることが説明されました。
議論の背景として、現在の国際保健システムが組織の断片化や役割の重複、さらに資源不足といった課題に直面していることが共有されました。これを受けてWHOは2026年5月の世界保健総会に向け、再設計に向けた「プロセス案」を提示する予定であることが説明されました。
制度設計においては、包摂性、衡平性、科学およびデータに基づく意思決定を基本原則とする方針が示されました。また、初期ワーク・ストリームとして規範機能、研究開発(R&D)、市場形成、健康危機・緊急事態対応、人道支援、国レベルの保健オーナーシップ、データおよび説明責任などが重点領域として提示されました。
パネル討論ではWHOCCの役割について、単なるガイドライン策定支援にとどまらず、各国での実装支援まで視野に入れる必要性が強調されました。また、各国・地域の状況に応じた柔軟性を確保しつつ、比較優位に基づく役割分担によって重複を減らし、信頼構築を進めることの重要性が共有されました。

写真3 会場での講演の様子
6. WHOグローバル業務計画へのWHOCCの貢献
本セッションではWHOのGlobal Programme of Work 14の実装に向けて、WHOCCネットワークの付加価値をどのように最大化するかについて議論が行われました。主な論点は、ネットワーク化、倫理・公平性、危機対応、政策翻訳、持続可能な運営体制の構築でした。
オーストラリアの事例では、国内WHOCCネットワークを形成することで政府に対する影響力が高まり、共同事業の形成が促進されたことが報告されました。また、バイオエシックス(生命倫理)の観点から、研究、教育・研修、技術協力のすべてに倫理性と公平性を組み込む必要性が強調されました。東地中海地域からは、WHOCCによる支援は独立した「並列活動」として実施されるべきではなく、各国の実際のニーズや既存オペレーションに統合されるべきとの整理が示されました。さらにワクチンやインフルエンザ対策分野では、研究成果そのものだけでなく、その成果を迅速に政策判断へ結び付けることの重要性が指摘されました。
7. 強固で連携したWHOCCコミュニティの構築
本セッションでは、WHOCCシステム全体をより強く、より連携的に機能させるための「システムレベルの変化」に焦点が当てられました。特に、研究の質や技術的先進性だけでなく、公衆衛生上のインパクトや実装可能性を重視する姿勢が全体を通じて強調されました。
移民・難民の健康を扱うWHOCCの事例では、単なる助言機関ではなく、政策形成や社会実装まで担う「埋め込み型の戦略アクター」へ進化していく必要性が提案されました。西太平洋地域からはAIやゲノミクスなどの先端技術について、技術的革新性だけでなく、公平性や公衆衛生への実際のインパクトという観点から評価すべきとの意見が示されました。
一方、"顧みられない熱帯病"(Neglected Tropical Diseases, NTDs)領域では、高度技術をそのまま導入するのではなく、現場で活用可能な「Low-tech friendly」な形へ翻訳する重要性が強調されました。さらに、欧州地域では個別プロジェクト単位の活動から、より大きなミッション単位の活動へ移行し、個々のWHOCCではなく、テーマ別クラスターやネットワーク単位で活動する方向性が提示されました。
また、WHO AcademyとWHOCCを体系的に接続し、教育やヘルスリテラシー向上を通じて近年の「信頼危機」に対応していく必要性についても認識が共有されました。
8. おわりに
今回のグローバルフォーラムを通じて、WHOCCに求められる役割が従来の研究協力や知見提供にとどまらず、「科学をどのように政策や現場実装につなげるか」という実践的な段階へ大きく移行していることを強く実感しました。特に、研究成果を論文として発信するだけでは十分ではなく、各国の政策形成や教育・研修、ガイドライン整備、さらには現場で活用可能な形へ翻訳していくことが重要視されていた点が印象的でした。
また、多くのセッションを通じて、個々のWHOCCが単独で活動するのではなく、国内外のネットワークと連携しながら活動する方向性が強調されました。安衛研もこれまで、同じ西太平洋地域である韓国のカトリック大学、ベトナムの労働環境保健研究所、日本の産業医科大学産業生態科学研究所等と連携してWHOCC活動を行ってきました。本フォーラムでは、各機関の専門性を補完し合いながら、より大きな公衆衛生上のインパクトを生み出していくという考え方が共有されており、今後の国際連携の在り方について多くの示唆を得ることができました。
WHOCCには専門的知見を提供するだけでなく、多様な機関や地域をつなぎ、科学と政策、さらに現場実装を橋渡しする役割が期待されていることを改めて認識しました。安衛研としても、国内外の関係機関との連携をさらに強化し、研究成果を社会実装につなげる視点を持ちながら、国際的な公衆衛生課題の解決に貢献していく必要性を強く感じました。

写真4 会場にてテドロス事務局長(中央)と筆者らの記念撮影







