誘導体化反応を用いるパッシブサンプラーでの共存物質による影響と複数物質同時測定の可能性評価
1. はじめに
化学物質を取り扱う事業場では健康障害防止のため、対象の物質の空気中濃度を測定することにより科学的に職場環境を評価し、職場環境が良好であるか、改善措置が必要であるかを判断するための「作業環境測定」が義務付けられています1)。
近年、化学物質による労働災害防止のための新たな規制として「リスクアセスメント」が義務付けられ、その対象物質も年々増加しています2, 3)。リスクアセスメント方法については事業者が複数の方法から選択できるため4)、必ずしも化学物質の測定による方法により実施されるとは限りませんが、対象物質の測定による分析方法は必要です。また、デザイン・サンプリングに関する新たな手法として令和3年には作業環境測定に「個人サンプリング法」が追加されました5)。
本コラムでは、個人サンプリング等を用いた時に、作業者への負担が少ない方法として活用が期待されるパッシブサンプラーを用いた、作業環境測定やリスクアセスメントへの活用のために、捕集時の問題点の検証や複数物質の同時測定の可能性についてホルムアルデヒドをモデル化合物として用いて当研究所で行った研究についてご紹介いたします6)。
2. パッシブサンプリングとアクティブサンプリングの違い
パッシブサンプリングとは、空気中のガス状の物質を対象に、サンプリングにポンプを用いず分子拡散を利用した捕集方法で7)、捕集剤をカセット等にセットしたサンプラー(パッシブサンプラー)を作業者の作業着等に装着して捕集を行います(図 1左)。
アクティブサンプリングは、吸引ポンプを用いて空気中の物質を液体や捕集剤に捕集する方法で8)、作業者のベルト等にポンプを固定し、作業者の鼻や口の近く(呼吸域)に装着した小型の捕集機器とポンプとをチューブ接続して強制的に吸引することで捕集を行います(図 1中央)。このように、パッシブサンプリングは作業者へのポンプやチューブの装着がないため、アクティブサンプリングと比較してポンプの重量による物理的な負荷や作業の妨げ等が低いと考えられます。
従来の定点測定の方法では、捕集剤を取り付けたポンプを三脚で固定して作業場に設置して吸引するため(図 1右)、この方法でも作業者への負担はありません。しかし、作業者が有機溶剤等を発生する製品等を持って移動する作業など、作業者と対象物質の発生源が移動する作業の場合、定点測定では作業環境の適切な評価が難しくなります9)。

図 1 パッシブサンプリングとアクティブサンプリング
3. パッシブサンプラー用捕集剤を用いた高濃度アセトン共存下におけるホルムアルデヒド測定への影響
ホルムアルデヒドは発がん性が懸念され、労働安全衛生法上では特定化学物質(管理濃度 0.1 ppm)として指定されています。分析方法としては2,4-ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)をシリカゲルに添着させた捕集管により捕集し、DNPHとホルムアルデヒドとの反応により生成するDNPH誘導体化ホルムアルデヒドを抽出後、高速液体クロマトグラフィーで測定する方法等が用いられています10, 11)。DNPHはアセトン(労働安全衛生法、有機溶剤中毒予防規則、第2種有機溶剤 管理濃度 500 ppm)などのケトン類とも反応するため、同じ作業環境中でアセトンが洗浄等で用いられ高濃度でホルムアルデヒドと存在する場合は、ホルムアルデヒドの測定への妨害の要因となる可能性があります6)。
正確な作業環境の測定のためには、高濃度のアセトンがどのように影響するかを把握する必要がありますが、一般的な室内環境などの他の分野ではこうした状況となる可能性は低いために高濃度のアセトン共存下を想定した研究はこれまで行われておらず、また、パッシブサンプラーで使用される様なDNPH含浸ろ紙(フィルター)表面上での高濃度アセトン共存下における誘導体化反応への影響は研究されていませんでした。そのため、高濃度のアセトン共存下においてDNPHフィルター上で誘導体化されたホルムアルデヒド量を測定し、その影響を評価しました。
評価方法としては、パッシブサンプラー用のDNPH含浸ろ紙に管理濃度、捕集時間や検出感度を考慮した量のホルムアルデヒドおよびアセトンを添加し、反応を追跡することにより行いました。0.1 ppmのホルムアルデヒドを8時間捕集した場合、0.056 µmol/DNPHフィルターの量が捕集される捕集剤に一定量のアセトン(70 µmol)を含む数ナノ~数百ナノモルの濃度範囲(添加量当たり)のホルムアルデヒド溶液を添加し、添加量と誘導体化率を比較した結果、約600倍以上の濃度のアセトン共存下で、ホルムアルデヒドを添加した0.1 µmol/DNPHフィルターの場合においても誘導体化反応が進行することを確認できました。また、一定量のホルムアルデヒド(0.1 ppmホルムアルデヒドの4時間捕集量に相当)を含むマイクロ~数百マイクロモルの濃度範囲(添加量当たり)のアセトンをDNPHフィルターに添加し、誘導体化率を比較した場合においても誘導体化反応が進行することを確認できました。そのため、高濃度のアセトン共存下でパッシブサンプラー上でのホルムアルデヒド測定には影響がないことが明らかとなりました12)。
4. 複数物質の同時測定の可能性と簡易評価方法
複数種類の有害物質等を同時に測定できれば、測定者や作業者の負担が少ないだけでなく、全体的な測定コストの低減にもつながると考えられます。そのため、DNPHパッシブサンプラーをホルムアルデヒド以外の作業環境測定やリスクアセスメント対象物のサンプラーとして使用できるかどうかの可能性についても検討をいたしました。
分析対象物質の濃度はDNPH誘導体の標準品の検量線を用いて試料を定量するため、複数種類の有害物質を同時にDNPHパッシブサンプラーにより測定するためには、捕集時の誘導体化反応によりDNPH誘導体が定量的に生成されることが必要です。このため、ホルムアルデヒドとの反応性の違いを比較することにより、DNPHパッシブサンプラーへの適用可否について評価を行いました。また、DNPHとホルムアルデヒドの反応ではフィルターへの添加直後にすべて誘導体化され、反応時間に対するDNPH誘導体化量を測定することが困難であるため、共存するモデル化合物としてリスクアセスメント対象物のアセトアルデヒドと作業環境測定対象物質のアセトンを用い、分析対象物質2種の総物質量がDNPHより多い条件下で反応させることにより相対反応速度定数比を算出し、反応性を評価しました。
その結果、各化合物の相対反応速度定数比である、ホルムアルデヒド/アセトン、アセトアルデヒド/アセトン、およびホルムアルデヒド/アセトアルデヒドの各値はそれぞれ202、67.2、3.00でした。そのため、DNPH-ホルムアルデヒド(DNPHホルムアルデヒド誘導体の標準品)の検量線と測定結果との比較により濃度を算出するホルムアルデヒドでの方法と同様に、標準品(DNPH誘導体)と比較する方法はアセトン等の反応速度が遅いため、そのままでは適用ができないことが明らかになりました12)。この方法はサンプラーの目的対象以外の物質に対する使用可否の確認をすることが可能ですが、多くの測定回数が必要になるため、更に研究を進めてより簡便に評価する方法を開発いたしました13)。
開発した評価方法は、椅子取りゲームの原理に近い方法で、誘導体化試薬(図 2★マーク)を椅子とみなして、グループの対抗戦で測定対象の化合物グループA、B、Cが椅子に座り、椅子に座れたグループメンバーが多い=反応速度が速い(図 2-3,4)というようなイメージの方法です。パッシブサンプラーへの添加量が、捕集剤の物質量より化合物A、B、C混合溶液の物質量の方が少ない場合=椅子より座る人が少ない場合、化合物はすべて反応してしまう=椅子が余ってしまうので、各化合物の誘導体化量に差が見られませんが(図 2-1, 2)、化合物の物質量が捕集剤より多い場合は、反応が速い化合物ほど誘導体化量が多くなるため、反応速度の違いを誘導体化量で相対的に確認することができます(図 2-3, 4)。この方法は数回の測定で反応性の違いを比較できるため、新たな測定対象物質を既存の方法で捕集や測定が可能かどうかを検討するのに簡便で便利な方法です。

図2 簡便なパッシブサンプラーの化合物測定可否の評価方法(文献13より作図)
5 おわりに
科学技術の発展に伴い、新たに有害性が明らかとなる化学物質も増えています。また、リスクアセスメント対象物質も年々増加しています。そのため、健康障害予防に向けて作業環境の測定を行う必要のある物質は増加し、それらの安価、簡便で高精度な分析法も必要となります。これからも労働者の健康保持に役立つよう、様々な有害な物質の作業環境における測定方法に必要な研究に取り組んでまいります。
参考文献
- 厚生労働省. 作業環境測定. 職場のあんぜんサイト. https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo17_1.html.(2026.4.20 確認)
- 厚生労働省. 化学物質による労働災害防止のための新たな規制について. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000099121_00005.html.(2026.4.20 確認)
- 独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所. 国によるGHS分類およびラベル表示等の義務化スケジュール. なぜ変わったの?/ どう変わったの?義務化等の実施スケジュールのご案内.https://cheminfo.johas.go.jp/support/schedule.html.(2026.4.20 確認)
- 厚生労働省. 化学物質のリスクアセスメント実施支援. 職場のあんぜんサイト. https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankgc07.htm.(2026.4.20 確認)
- 厚生労働省. 個人サンプリング法関係,個人サンプリング法による作業環境測定及びその結果の評価に関するガイドライン. 作業環境測定関係. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000094161.html.(2026.4.20 確認)
- 井上直子, 鷹屋光俊 (2020) 誘導体化反応により有害物質を捕集するパッシブサンプラーの共存物質による問題点と複数物質同時測定の可能性評価方法の検討. SRR-No50-04 (プロジェクト研究成果報告集), pp.125-129.
- 松村年郎, 細田洋平, 森田孝節, 櫻川昭雄 (2011) 室内環境汚染物質としてのホルムアルデヒド(その2)—ホルムアルデヒドの測定法(1)—. 室内環境, 14(2) pp.103-112.
- 松村年郎, 細田洋平, 森田孝節, 櫻川昭雄, 神野秀人 (2012) 室内環境汚染物質としてのホルムアルデヒド(その3)—ホルムアルデヒドの測定法(2)—. 室内環境, 15(1) pp.39-48.
- 岩崎明夫 (2021) 個人サンプリング法による作業環境測定とその実践. 産業保健21, 105(7) pp.14-17.
- 厚生労働省法令等データベースサービス. https://www.mhlw.go.jp/hourei/.(2026.4.20 確認)
- ホルムアルデヒド (2012) 作業環境測定ガイドブック3,特定化学物質関係—金属類を除く—, pp.241-246, (社)日本作業環境測定協会.
- N. Inoue, M. Takaya (2019) Reactivity and relative reaction rates of formaldehyde, acetaldehyde, and acetone coexisting with large quantities of acetone on 2,4-dinitrophenylhydrazine-impregnated filters. Analytical Methods, 11(21) pp.2785-2789. DOI: 10.1039/C9AY00757A
- N. Inoue, M. Takaya (2022) Screening check test to confirm the relative reactivity and applicability of 2,4-dinitrophenylhydrazine impregnated-filters for formaldehyde on other compounds. Journal of Occupational Health, 64(1) p.e12333. DOI: 10.1002/1348-9585.12333







