労働安全衛生総合研究所

デンマーク労働環境研究センターでの在外研究報告

1. はじめに


 労働者の健康管理において、身体活動の重要性は広く認識されています。世界保健機関(WHO)も健康維持のためには十分な身体活動の確保に加え、長時間の座位行動を減らすことの重要性を指摘しています。一方で、「勤務中の身体活動や座位行動をどのように評価し、職場における配慮や取り組みに結び付けていくか。」については必ずしも十分に整理されているとは言えません。特に日本では長時間労働や座位中心の業務が多く、勤務中の行動特性が健康に与える影響を適切に捉えることが重要な課題となっています。
 こうした課題により深く取り組むため、2024年度にデンマーク労働環境研究センター(Det Nationale Forskningscenter for Arbejdsmiljø:以下NFA)に在外研究員として派遣され、勤務中の身体活動と健康リスクに関する研究に取り組みました。NFAは労働者の身体活動や筋骨格系リスクに関する研究では世界をリードしている研究機関です。ここでは、在外研究を通じて得られた視点や、日本の職場環境にとって参考になる点について紹介します。


2. 在外研究の背景と目的


 私はこれまでの研究で、日本人労働者における座位行動と健康リスクとの関係を明らかにしてきました。そうした研究を進める中で、近年、北欧を中心に提唱されている「Physical Activity Paradox(身体活動のパラドックス)」という概念に着目してきました。これは、余暇時間の身体活動が健康維持に寄与する一方で、勤務中の身体活動は、必ずしも同様の健康効果を示さないという概念です。


日本労働者の1日の過ごし方と勤務中の座位時間

【日本労働者の1日の過ごし方と勤務中の座位時間】


 日本の労働者は、平均勤務時間が長いことが国際的にも知られています。そのため、日常の身体活動のうち相当な割合が勤務中に発生していると考えられます。このような状況を踏まえると、日本の働く環境においても「身体活動のパラドックス」が生じる可能性は十分に考えられます。一方、「身体活動のパラドックス」は、主に北欧諸国の労働者を対象とした研究を背景に提唱されてきた考え方です。長時間勤務が一般的な日本の労働環境において、この考え方がどの程度当てはまるのかについては、これまで十分に検討されてきたとは言えません。
 そこで本在外研究では、「Physical Activity Paradox」を提唱してきた研究者である Andreas Holtermann 氏が所属するNFAにおいて、勤務中の身体活動を労働環境の一要素として捉える視点や方法論を学び、それらを日本の働き方の特徴を踏まえた研究へと発展させることを目的としました。


3. 勤務中の身体活動を捉える研究視点と研究環境


 NFAでは、勤務中の身体活動や座位行動を個人の生活習慣の問題として捉えるのではなく、仕事の内容や働き方と深く結びついたものとして考えています。在外研究を通じて、日本人労働者のデータを用いた解析を行いながら、現地の研究者と意見を交わす中で、勤務中の身体活動は、職種や業務内容、働き方、さらには社会的・制度的な背景によって大きく左右されることを実感しました。
 また、NFAの研究体制で特徴的だったのは、研究成果を政策や実務に結びつけることを前提としたサーベイランス(状況を継続的に把握し、対策に活かす仕組み)の考え方です。勤務中の身体活動、座位行動、睡眠等に関するデータについて、測定機器の標準化からデータ処理、政策への反映までを見据えた体系的な仕組みが構築されていました。このような枠組みは、個別研究の成果を積み重ねるだけでなく、労働安全衛生施策全体を支える科学的な知見を継続的に蓄積する点で日本においても参考になるものと考えられます。

デンマーク労働環境研究センター(NFA)における研究セミナーの様子

【デンマーク労働環境研究センター(NFA)における研究セミナーの様子】




4. 国際的な議論と研究成果の発信


デンマーク労働環境研究センター(NFA)における研究セミナーの様子


 在外研究期間中には、勤務中の身体活動を労働安全衛生の観点から捉える研究について、国際学会の場で発表・議論する機会も得ることができました。勤務中の身体活動が健康に与える影響は、各国に共通する課題であり、日本の知見を国際的な文脈で位置づける重要性を改めて認識しました。こうした国際的な議論を通じて、勤務中の身体活動は「多い・少ない」で単純に評価するものではなく、その質や発生する環境を含めて捉える必要があることをより明確に理解することができました。


5. おわりに


 在外研究を通じて、日本の職場における健康対策では勤務中の身体活動を一律に増減させるのではなく、職種や業務特性に応じて捉える視点が重要であると改めて感じました。例えば座位中心の業務では、作業の合間に姿勢を変える機会を設けるなどの工夫が有効となる一方、身体活動量が多い業務では、疲労の蓄積を防ぎ回復を促す視点が欠かせません。このように、勤務中の身体活動は状況によっては健康上の負担となることもあれば、健康を保つうえで役立つ側面を持つこともあり、働き方全体の中でバランスを考慮する必要があります。
 今回の在外研究で得た知見をもとに、今後は日本の労働環境に適した勤務中の身体活動の捉え方や改善の進め方について検討を深め、労働者の健康維持に向けた取り組みや政策を考える際の基礎となる知見を着実に蓄積していきたいと考えています。


(人間工学研究グループ 主任研究員 蘇 リナ)


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