労働安全衛生総合研究所

心理的ディタッチメント: 仕事以外の時間に仕事から心理的に距離をとること

1.はじめに


 心理的ディタッチメント(PD: psychological detachment)とは、仕事以外の時間に物理的にも心理的にも仕事から距離をとることで、仕事によるストレスや疲労からの回復にとても重要です。私たちが日本の労働者を対象に行った長期の追跡調査でも、PDが高い人(仕事以外の時間に仕事から距離がとれている人)では、仕事のストレス要因によって生じる将来のストレス反応(抑うつ症状)の程度が和らぐことが示されました(図1)1)。本コラムでは、PDに関する過去の研究数の推移を示し、PDに先立つ要素について概説します。

図1 日本人を対象とした長期の追跡研究Kiuchiら (2023)1) の概要

図1 日本人を対象とした長期の追跡研究Kiuchiら (2023)1) の概要
(クリックで大きい図)


2.心理的ディタッチメント研究の増加


 Agolli & Holtz (2023)は、2005年から2021年6月の間に英語で出版されたPDの先行要因についての159の実証研究をレビューしました2)。この論文によると、PDに関する研究報告数は、2014年頃に増加し、近年もほぼ横ばいとなっています(図2)。特に、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こってからは、世界的にテレワークという働き方の選択肢が広まり、良い面もあれば、仕事と仕事以外の境界が曖昧になることで、PDが取りにくくなることも指摘されています3)。多様な働き方が増えている現代において、PDの重要性はますます高まっているといえます。


図2 心理的ディタッチメントの先行要因に関する実証研究の報告数(Agolli & Holtz (2023)2) に基づいて作成)

図2 心理的ディタッチメントの先行要因に関する実証研究の報告数
(Agolli & Holtz (2023)2) に基づいて作成)


3.心理的ディタッチメントに先立つ要素


 心理的ディタッチメントには様々な要素が影響を与えます。それらは、次の4つに分類することができます 2)。1つ目は「仕事の特徴」で、これは業務の特徴、人間関係の側面、モチベーションに関することです。在宅勤務や仕事の過度な量的負担、人間関係の問題、不法行為や先の見えない仕事はPDを阻害する可能性があります。2つ目は「行動・活動」で、これは仕事の成績、仕事と私生活の境界管理、余暇活動に関することです。成績の高さ、余暇や仕事以外の役割の充実、境界の明確化や退勤後の仕事に関するICT使用の制限によりPDが促進される可能性があります。3つ目は「個人要因」で、これは個人の特徴、態度、心理状態、役割認識に関することです。仕事と家庭生活を区別する志向、仕事の満足感、マインドフルネス、幸福感、個人の役割認識の明確さはPDを促進する可能性があります。4つ目は「仕事以外の状況」で、社会的・物理的・時間的環境に関することです。配偶者、家族、友人からの支援や自然の中での活動はPDを促す傾向や、週の初めはPDが高い傾向があります。このように、PDを高め、しっかり回復するためには、仕事の特徴、行動・活動、個人要因、仕事以外の要因について、見直してみることが役に立つと考えられます。


4.まとめ


 PDは、仕事におけるストレスや疲労からの回復に非常に重要な要素であり、その意義は新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、テレワークの普及と共にさらに注目されています。PDの先行要因を理解することは、労働者個人や事業主がPDを高め、長く健康的に働くために有益です。近年多様な働き方が広まったことに加え、日本では、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」により、勤務間インターバル制度の導入が努力義務化され、時間外労働の上限規制が2019年より順次施行されています(2024年には、工作物の建設の事業、自動車運転の業務、医業に従事する医師にも適用されます)4)。このような社会的背景の中で、労働時間を短くし、退勤と出勤の間に十分な時間を確保するだけでなく、心理的にも仕事から距離をとるようにすることで、より一層、慢性的なストレスに伴う健康障害を防止し、健康的な働き方を促進することができると期待されます。


文献

  1. Kiuchi K, Sasaki T, Takahashi M, et al. Mediating and Moderating Effects of Psychological Detachment on the Association Between Stressors and Depression: A Longitudinal Study of Japanese Workers. J Occup Environ Med. 2023;65(3):e161. doi:10.1097/JOM.0000000000002780
  2. Agolli A, Holtz BC. Facilitating detachment from work: A systematic review, evidence-based recommendations, and guide for future research. J Occup Health Psychol. 2023;28(3):129-159. doi:10.1037/ocp0000353
  3. Cheng J, Zhang C. The Depleting and Buffering Effects of Telecommuting on Wellbeing: Evidence From China During COVID-19. Front Psychol. 2022;13. Accessed September 12, 2023. https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2022.898405
  4. 厚生労働省. 「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」について. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322_00001.html

(産業保健研究グループ 任期付研究員 木内 敬太)

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