労働安全衛生総合研究所

ポリカーボネートメンブレンフィルターの捕集効率について

1.はじめに


 令和3年4月1日から溶接ヒュームが特定化学物質に追加され、溶接ヒューム(マンガン及びその化合物)の濃度測定が義務化されました。溶接ヒュームは気体(ガス)が冷却されて固体(粒子)に変化するため、非常に小さい粒子から、小さい粒子が集まった大きな粒子(凝集体)まで、様々な大きさの粒子が存在します。また、溶接に使用する材料の種類や条件等によっても発生する溶接ヒュームの大きさ、形、組成は様々に変化すると考えられます。空気中に浮遊する粒子は、粒子の大きさ、形、組成などにより空気中での挙動や体内での沈着部位、健康影響などが変化するため、気中粒子のリスク評価にはこれらの情報が重要となります。
 電子顕微鏡には、物質を拡大する原理の違いから大きく透過型電子顕微鏡(英語のTransmission Electron Microscopeを略してTEMと呼ばれます)と、走査型電子顕微鏡(同じくScanning Electron Microscopeを略してSEMと呼ばれます)があります。TEMとSEMを比較すると、SEMの方が試料を電子顕微鏡で観察可能な状態にするための前処理や、空気中の粒子を捕集するフィルターなどの選択自由度も比較的高いうえ、装置価格がTEMよりも比較的安価です。そこで、私たちはこういった特長を持つSEMを、労働環境空気中に粒子として存在している物質の評価に応用するための研究を行っています。
 本コラムでは、粒子の大きさ、形、組成を調べることができるSEM観察に用いるポリカーボネートメンブレンフィルターの捕集効率について紹介いたします。


2.ポリカーボネートメンブレンフィルター


 SEM観察では、空気中の粒子を捕集したフィルターとともに観察します。数千~数万倍という高倍率で観察するため、表面が平滑な素材の上に観察試料があることが望ましいです。多くのフィルターは図1のように繊維が折り重なった構造を持ち、SEM観察には向いていません。
 図2は、ポリカーボネートメンブレンフィルター(PCフィルター)をSEMで観察した時の画像です。このように、PCフィルターは表面が平滑で均一径の孔が開いたフィルターであり、SEM観察に適した形状を持っています。PCフィルターの孔の大きさ(孔径)には様々な種類があります。図2は、孔径1 µmのPCフィルターを倍率5000倍で観察した画像です。図を見ると、この孔よりも大きな粒子は捕集できても、小さな粒子は孔から抜けてしまい捕集できないような気がしますが、実際にはそうではありません。孔より小さい粒子もフィルターとの相互作用(慣性衝突、さえぎり、拡散の影響)によりフィルターに捕集されます。ここで、簡単にPCフィルターによる粒子の捕集原理を説明します。図3はPCフィルターの断面図を示しており、真ん中の部分が細孔で、上から空気が流れてくると青線のように流れます。この時の粒子の動きを黒色の点線で示しています。慣性衝突の場合、大きい粒子は空気の流れに乗れずに慣性力によってフィルター上に捕集されます。さえぎりの場合、空気の流れにより運ばれた粒子が、粒子の大きさによりフィルターにさえぎられて捕集されます。拡散の場合、小さい粒子がブラウン運動により不規則に動き、フィルター表面や細孔の壁面に捕集されます。ただし、すべての粒子がフィルターで捕集され観察可能になるわけではありません。小さな粒子の一部は孔から抜けてフィルターでは捕集されません。さらに、SEM画像では見えない孔の壁面に捕集される場合もあります。フィルターが粒子を捕集する割合を捕集効率と呼び、これは粒子の大きさにより異なります。空気中の粒子を定量する(数、濃度を正しく知る)ためには、フィルター表面で粒子が捕集される割合、すなわち表面捕集効率により補正する必要があります。

図1 ガラス繊維フィルターのSEM画像(倍率1000倍)

図1 ガラス繊維フィルターのSEM画像(倍率1000倍)


図2 孔径1 μmのPCフィルターのSEM画像(倍率5000倍)

図2 孔径1 µmのPCフィルターのSEM画像(倍率5000倍)


図3 PCフィルターによる粒子捕集原理の概念図

図3 PCフィルターによる粒子捕集原理の概念図


3.捕集効率および表面捕集効率の理論計算


 PCフィルターの捕集効率の計算モデルは、1960年代以降様々な研究が行われています。ここでは、Ogura et al. (2014, 2016) をもとに以下の式を用いて理論計算を行った結果について示します。
  E=1-(1-Ei)(1-Er)(1-Eds)(1-Edw)     (1)
  Es=1-(1-Ei)(1-Er)(1-Eds)         (2)
ただし、Eは捕集効率、Esは表面捕集効率、Eiは慣性衝突による捕集効率、Erはさえぎりによる捕集効率、Edsはフィルター表面への拡散による捕集効率、Edwはフィルター細孔の壁面への拡散による捕集効率を示します。各項目の詳細な式は複雑なためここでは示しておりませんが、興味のある方は参考文献をご確認ください。
 図4に、孔径1 µmのPCフィルターで、吸引流量を0.8, 1.0, 2.0 L/minに変化させた時の捕集効率の計算結果を示しています。図4より、吸引流量が低い方が捕集効率は上昇することが分かります。また、100~150 nm付近で捕集効率が低くなっており、それより粒径が大きくなると捕集効率は上昇しますが、粒径が小さくなっても捕集効率は上昇することが分かります。
 図5には、孔径1 µm、吸引流量0.8 L/minの時の表面捕集効率および各項目の理論計算の結果を示しています。慣性衝突、さえぎり、拡散の影響が粒子の大きさによって変化するため、図5のように表面捕集効率が変化します。100 nm以下の小さい粒径においては、フィルター表面への拡散による捕集効率(Eds)が、粒径が小さいほど高くなるため表面捕集効率が上昇することが分かります。これらはあくまでも理論計算の結果であり、現在実験を行いどのような結果が得られるか研究を進めております。


図4 孔径1 μmで吸引流量を変化させた時の捕集効率の理論計算結果

図4 孔径1 µmで吸引流量を変化させた時の捕集効率の理論計算結果


図5 孔径1 μm、吸引流量0.8 L/minの表面捕集効率の理論計算結果

図5 孔径1 µm、吸引流量0.8 L/minの表面捕集効率の理論計算結果


4.おわりに


 近年では、比較的安価で操作も簡単な卓上型のSEMも発売されており、より簡単にSEM観察を行うことができる環境になりつつあります。また、自動分析などの技術の発展により、多くの粒子分析を少ない労力でこなすことも可能になりつつあります。冒頭では溶接ヒュームのリスクについて述べましたが、その他にも労働衛生分野においては管理濃度の低下や、ナノマテリアルのように新技術によって製造された有用であるが健康影響が懸念される物質の出現などにより、今後はSEM観察による個々の粒子の分析が重要になってくると考えられます。そのためには、表面捕集効率の評価などの基礎的な研究が不可欠であり、少しでも貢献できるよう、今後も研究を進めたいと思います。


参考文献

  • Ogura, I., Hashimoto, N., Kotake, M., Sakurai, H., Kishimoto, A., Honda, K. Aerosol particle collection efficiency of holey carbon film-coated TEM grids. Aerosol Sci. Technol. 2014; 48: 758-767.
  • Ogura, I., Kotake, M., Sakurai, H., Honda, K. Surface-collection efficiency of Nuclepore filters for nanoparticles. Aerosol Sci. Technol. 2016; 50: 846-856.

(ばく露評価研究部 任期付研究員 緒方 裕子 )

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