放射線と白内障に関連する研究
1.はじめに
白内障は視力障害の原因のひとつです。白内障発生の最も大きな要因は「加齢」ですが、それ以外にも様々な要因のあることが判っています。例えば、喫煙や糖尿病、長年にわたる紫外線ばく露などですが、放射線ばく露も白内障の原因の一つです。水晶体は放射線感受性が最も高い臓器であるため、被ばく量が多いと白内障になるリスクが高まります。本コラムでは、放射線と白内障との関連について紹介します。
2.白内障と放射線に関する疫学研究
白内障とは,本来透明な水晶体が混濁する病変であり、その発症部位により皮質白内障と核白内障および後嚢下白内障の3つに分類されています。このうち加齢白内障では皮質型が最も多く、放射線白内障では後嚢下型が最も多いとされています。
今までの疫学研究では、被ばく放射線量が2グレイ以上の場合、白内障を誘発する可能性が高くなると報告されています1)。また、原爆被ばく者やチェルノブイリ原発事故の作業従事者に関する研究では、1グレイから2グレイの間が白内障になるリスクが高いと報告されています2)。1グレイ未満の場合どの様な結果になるのかは、これまでの研究ではまだ明らかになっていません。ロシアの研究で、0.5グレイ以上でリスクが高くなるという報告がある一方、アメリカでは0.1グレイ以下でもリスクが高かったという研究結果があります2)。従って、白内障になる最低の放射線量がどの程度なのかはまだ明らかになっていません。
2011年、国際放射線防護委員会(ICRP)は、職業性被ばくに関する水晶体の等価線量限度を5年間の平均で20ミリシーベルト/年、かつ、いずれの1年においても50ミリシーベルトを超えないことが適当であると勧告しています3)。
3.現在、当センターで取り組んでいる研究
皆様もご存知の通り、2011年の東日本大震災によって、福島第一原子力発電所で水素爆発が発生しました。その事故処理のため、2011年3月14日から同年12月16日まで、復旧作業員の被ばく線量限度が100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げられました。この間に延べ約2万人の作業者が従事しましたが、結果的には多くの方の被ばく線量は100ミリシーベルト未満でした。これら緊急作業従事者の放射線被ばくの健康影響を明らかにするために、2014年に「放射線業務従事者の健康影響に関する疫学研究」が立ち上がり、現在も当研究所において継続中です。緊急作業従事者の方々から同意を得た上で健診や質問紙の調査を行なっており、白内障調査のための眼科検査(一部対象者のみ)も実施しています。この疫学研究のデータを活用して、放射線被ばくと白内障との関連を調べています。
4.終わりに
これまで、100ミリシーベルト以下の低線量放射線の影響については十分に研究されてこなかったのが実状です。私たちの研究により、低線量放射線と白内障リスクとの関係が明らかになり、今後の放射線防護に少しでも役立つことを願っています。
参考文献
- Brown NP. The lens is more sensitive to radiation than we had believed. Br J Ophthalmol. 1997; 81(4):257.
- Ainsbury EA, et al. Radiation-induced lens opacities: Epidemiological, clinical and experimental evidence, methodological issues, research gaps and strategy. Environ Int. 2021;146:106213.
- ICRP. ICRP Statement on Tissue Reactions/Early and Late Effects of Radiation in Normal Tissues and Organs - Threshold Doses for Tissue Reactions in a Radiation Protection Context. Ann ICRP. 2012;41(1-2):1-322.