労働安全衛生総合研究所

介護者の腰痛予防を目指して –福祉用具の使用状況に関する調査–

1.はじめに


 厚生労働省の業務上疾病発生状況等調査によると、近年、社会福祉施設で働く介護職員(介護者)の腰痛が急増しています[1]。また、介護者を対象にした様々な調査研究においても、約6割–8割の介護者に腰痛の訴えがあると報告されており[2][3]、腰痛を理由に休職したり退職したりする人が後を絶ちません。今後、高齢者の増加に伴い介護者数が増えると、さらに腰痛者は増えるものと思われます。介護者の腰痛予防対策としては、欧米諸国の導入例や調査研究などから、福祉用具の使用が有用と考えられます[4][5][6]。また、介護を受ける人(要介護者)に対しても、福祉用具は安全で快適な介護を提供すると言われています[7][8]。しかしながら、我が国の介護職場では、福祉用具が十分に導入されていませんし、福祉用具の使用状況を示す正確なデータもありません。
 そこで我々は、高齢者介護施設における福祉用具の導入状況と使用状況、そして福祉用具の使用と介護者の腰痛との関係について調査しました。ここでは、その結果を紹介するとともに、介護と福祉用具のあり方について考えたいと思います。



2.福祉用具の導入状況


 福祉用具は、お箸から自動車まで多岐にわたりますが、介護者の腰痛予防に直接関連する福祉用具としては、主に移乗介助時に使用されるリフト、スライディングボード、スライディングシート、スタンディングマシーンなどがあげられます(図1)。また、リフトは移動式リフト、設置式リフト、レール走行式リフトの3つに大別されます。これらのリフトは、スリング(吊り具)という布状の物で要介護者を包み込んで、要介護者を抱え上げて移乗介助するのに使用します。スライディングボードは、滑りやすい板状の物で、要介護者をこの上に座らせて水平移動させるのに使用します。スライディングシートは、滑りやすい布状の物で、要介護者をこの上に寝かせたり、座らせたりして水平移動するのに使用します。スタンディングマシーンは、膝などが悪く、自分の力では立ち上がれない要介護者を立ち上がらせるのに使用します。これらの福祉用具は、以前に比べて、国産品および輸入品ともに販売店が充実し、購入しやすくなっています。しかし、多くの介護施設には、福祉用具が導入されておらず、また導入されていても十分な台数が揃っていません。



図1 福祉用具

 表1には、2007年と2013年に調査した福祉用具の高齢者介護施設への導入率と、導入している施設における施設入居者数100人あたりの導入数を示します。2007年と2013年の調査では、リフト、スライディングボード、スライディングシート、スタンディングマシーンの導入率はいずれも低く、また導入数も十分な数ではありませんでした。しかし、2007年に比べて2013年の導入数は増えていました。これらのことから、福祉用具を導入している施設は増えていませんが、既に導入していた施設ではさらに導入数が増えていると思われます。


表1 福祉用具の導入率と導入数




3.福祉用具の使用状況


 表2には、2007年に調査した福祉用具の使用率を示します。この使用率は、福祉用具が導入されている施設の介護者を対象に、人数あたりの使用割合を算出しています。調査の結果、入浴介助における浴室用リフトは比較的使用されていました。しかし、移乗介助におけるリフト、スライディングボード、スライディングシートの使用率は低く、十分に使用されていませんでした。

表2 福祉用具の使用率




4.介護者の腰痛と福祉用具の関係


 表3には、2005年に調査した介護者の腰痛と福祉用具の使用状況との関係(ロジスティック回帰分析の結果)を示します。この表のORはオッズ比と言い、福祉用具未使用者を基準(OR=1.0)にした時、福祉用具使用者の腰痛の訴えが何倍になるかを示しています。調査の結果、福祉用具を使用している介護者ほど腰痛の訴えが多く、腰痛者ほど福祉用具を使用している傾向が示されました。これは、腰が痛くなってから仕事を継続する手段として、福祉用具が使用されていたためと思われます。


表3 腰痛と福祉用具使用との関係(2005年調査)



 表4には、2013年に調査した介護者の腰痛と福祉用具の使用状況との関係(ロジスティック回帰分析の結果)を示します。調査の結果、腰部保護ベルトを除いて、リフト、スライディングボード、スライディングシートなどを使用している介護者とそれらの福祉用具を使用していない介護者の腰痛の訴えに違いはありませんでした。欧米諸国では、腰痛予防のために福祉用具を積極的に使用していることから、福祉用具を使用している者ほど、腰痛の訴えが少なくなります(福祉用具使用者のORの方が小さい)。しかし、我が国では、いまだ腰痛予防という観点から福祉用具が使用されていないため、福祉用具の使用者と未使用者の腰痛の訴えに違いはなかったものと思われます。



表4 腰痛と福祉用具使用との関係(2013年調査)




5.おわりに


 以上の調査結果から、我が国では、福祉用具の導入および使用はいまだ十分ではなく、また腰痛予防の観点から福祉用具は使用されていないことがみえてきました。福祉用具は、時折使用するだけでは、腰痛を予防できません。介護者の腰痛を予防するには、介護者本人が自分自身の安全と健康を守る意識を持ち、その上で福祉用具を取り入れた一連の介助作業を確立することが必要です。介護職場では、福祉用具の使用には費用や時間がかかることから敬遠されがちですが、介護者が腰痛で休職したり退職したりすることがなく、安全かつ健康に長く働けるよう、福祉用具を積極的に活用していただければと思います。より良い介護は、介護者の安全と健康があってはじめて成り立ちます。


参考文献

  1. 中央労働災害防止協会.介護・看護職場の安全と健康ガイドブック.東京:中央労働災害防止協会,2015:11-12.
  2. 大阪府立公衆衛生研究所.「高齢者介護サービス従事者の腰痛・頸肩腕障害の軽減策に関する調査」報告書,2002.
  3. 冨岡公子,松永一郎.産業衛生学雑誌,49,216-222,2007.
  4. OSHA. Ergonomics for the prevention of musculoskeletal disorders, guidelines for nursing homes. 2003.
  5. Ronald LA, Yassi A, Spiegel J, et al. Effectiveness of installing overhead ceiling lifts. Reducing musculoskeletal injuries in an extended care hospital unit. AAOHN J 2002; 50: 120-127.
  6. Engst C, Chhokar R, Miller A, et al. Effectiveness of overhead lifting devices in reducing the risk of injury to care staff in extended care facilities. Ergonomics 2005; 48: 187-199.
  7. Owen BD, Keene K, Olson S. An ergonomic approach to reducing back/shoulder stress in hospital nursing personnel: A five-year follow up. International Journal of Nursing Studies 2002, 39: 295-302.
  8. Garg A, Kapellusch JM. Long-term efficacy of an ergonomics program that includes patient-handling devices on reducing musculoskeletal injuries to nursing personnel. Human Factors 2012, 54: 608-625.



(産業疫学研究グループ 上席研究員 岩切一幸 )

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