暑熱と身体作業との複合負荷が作業者に及ぼす影響について
1.はじめに
近年の地球温暖化に伴う暑熱ストレスの増大により、夏季の労働現場において熱中症災害が多発していることが社会的に問題になっています。厚生労働省の調査結果では、熱中症での死亡災害発生は屋外作業時、特に建設現場において最も発生率が高いことが明らかになっています。このほか、建設現場では熱中症による災害以外に、転倒・転落などによる災害も数多く報告されています。厚生労働省が発表した第12次労働災害防止計画では、取り組むべきである重点課題として熱中症対策と転倒・転落の防止が明記されています。
熱中症に関連する徴候として、めまい・ふらつきなどの平衡機能失調や、倦怠感・虚脱感などの疲労症状が挙げられることから、真夏の暑熱ストレスは姿勢の保持、運動調節機能、認知機能などにも悪影響を及ぼす可能性があることが考えられます。さらに、これは熱中症とは別に,転倒・転落事故やヒューマンエラーのリスクを増大させることもありうるでしょう。ここでは、建設現場などの屋外で作業を行う労働者のために、暑熱と身体作業複合負荷による影響に関して、現在当研究所で行っている研究をご紹介いたします。
2.研究紹介:暑熱環境下の身体作業負荷による温熱生理反応とバランス能力の変化
真夏の建設現場において熱中症と転倒・転落事故が多発していることから、暑熱と身体作業との複合負荷が転倒・転落につながる可能性を検討しました。この問題に関する先行研究では、高強度運動後の身体疲労により運動調節機能、特にバランス機能の低下する事例が報告されています (Zemkova and Hamar, 2005)。しかし、これらの研究は運動選手を対象とした研究であり、一般の作業者を対象とする場合には再現性が低くなると考えられます。一方、作業環境においては、寒冷環境下での身体作業負荷によって筋肉の震えなどが発生し、作業者のバランス機能を低下させることが報告されています(Makinen et al., 2005)。こうした先行研究はあるものの、暑熱環境下での身体作業が姿勢の保持、運動調節機能、認知機能にどのような悪影響を及ぼすかに関しては、必ずしも明らかではないため、「暑熱環境下の身体作業負荷による 温熱生理反応とバランス能力の変化 」に関して実験室実験を計画し、実施しました(Son and Tokizawa, 2016)。
本実験では、20代から40代の男性10人に参加してもらいました(平均年齢:31.9歳、平均身長:171㎝、平均体重:64.6㎏)。実験室の環境においては、常温条件(① 温度23℃、相対湿度70%,②温度27℃、相対湿度40%)と暑熱条件(③温度30℃、相対湿度70%,④温度36℃、相対湿度40%)、合計4つの環境条件を設定し比較を行いました。実験のプロトコールとしては、以下の図のように作業服に着替えた後、各環境条件に設定された実験室に入室し、身体作業負荷として低~中強度の作業負荷に当てはまる25分間の歩行運動(時速5.5㎞)を2回繰り返した後、1時間の休憩を取る間、被験者の生理反応及びバランス機能の回復を観察するというものです(図1)。また、実験開始から終了まで深部体温、心拍数、血圧などの生理反応をモニタリングし、歩行運動の前後と休憩の途中と休憩後にバランステストを行いました(4回)。
図1 実験プロトコール
バランステストでは、体の揺れを測定する装置を用いて閉眼と開眼時の身体重心動揺を測定しました。さらに、測定装置がなくても作業現場で簡単に測定できるようにするため、ファンクショナルリーチテスト(機能性バランステスト)を行いました。このテストは下半身のバランスを維持しながら、肩と腕をできるだけ前に伸ばしてもらい、到達した距離を測定するというものです(図2)。
図2 重心動揺測定テスト(左)とファンクショナルリーチテスト(右)
上記の実験の結果、約50分間の身体作業により、深部体温と心拍数が上昇することが明らかになりました。深部体温は常温条件よりも暑熱条件の場合に、暑熱条件でも温度が高い条件でより大きく上昇しました。また、作業負荷により体重の減少(発汗)が見られ、環境温度が高いほど体重が大きく減少するという結果が得られました(図3)。実験の参加者の心理的な反応としては、暑熱条件下で温熱的不快感と疲労をより強く感じていることも明らかになりました。
図3 実験参加者の生理反応
重心動揺測定テストでは、重心動揺総軌跡長と動揺面積の変化を分析しました。実験の結果、身体作業の前に比べ作業終了直後に体の揺れが大きく増加することが明らかになりました。さらに、テスト後に増加した体の揺れは休憩30分後にも元の値に戻らず、より増加する傾向も見られました。ファンクショナルリーチテストの結果では、暑熱下での身体作業の後に測定値の減少が見られ、バランス能力の低下が認められました(図4のCON3,4)。さらに、暑熱条件、特に高温条件では、休憩の際にもより減少する傾向も見られました(CON4)。上記の結果から、暑熱環境下での低~中強度の作業を1時間程度行う場合は、低下したバランス機能の回復のため十分な休憩が必要であることが示唆されました。
図4 ファンクショナルリーチテストの結果、
本研究では、暑熱と身体作業との複合負荷により深部体温は上昇し、体重は減少しました。また、重心動揺の総軌跡長と面積の増加や、ファンクショナルリーチテストの値の減少などの結果から、バランス機能の低下が見られました。これらの暑熱環境下での生理反応とバランス機能低下に関するメカニズムを明らかにするため、現在追加実験と分析を行っています。特に、暑熱・身体作業の複合負荷による脱水とバランス機能低下の関連にも注目して解析を行おうと考えています。
3.おわりに
本コラムでは、屋外労働を想定して、暑熱下での身体作業負荷が、作業者の生理反応とバランス能力にどのような影響を及ぼすのかについての研究を紹介しました。屋外作業現場においては、これから作業者の高齢化や女性労働者の増加が見込まれるため、被験者群を広げながらより深く研究を行う必要性が高まっています。私たちは屋外現場の労働者の安全を守るため、ガイドライン作成などによって社会的に貢献できるように、今後とも研究を進めていきます。
参考文献
- Erika Zemkova and Dusan Hamar (2005) Postural sway response to exercise: the effect of intensity and duration, International Journal of Applied Sports Sciences, 17(1), 1-6.
- Makinen TM1, Rintamaki H, Korpelainen JT, Kampman V, Paakkonen T, Oksa J, Palinkas LA, Leppaluoto J, Hassi J.(2005) Postural sway during single and repeated cold exposures, Aviat Space Environ Med. 76(10):947-53.
- Su-Young Son and Ken Tokizawa (2016) Body balance performance is affected by workload and heat exposure, International Workshop on Industrial Safety and Health 2016, https://www.jniosh.go.jp/publication/mail_mag/2016/IWISH2016Presentationlist.pdf