労働安全衛生総合研究所

トレーサーガス法によるプッシュプル型換気装置の排気効果検証

1.はじめに


 プッシュプル型換気装置(以下、PP装置)とは、気流を吹き出すフード(プッシュフード)と吸い込むフード(プルフード)を対向配置して両フードの間に一様な気流を形成させ、この気流によって気中に発散する有害物質を捕捉し排気を行う(=プルフードに導く)という仕組みの換気装置です。PP装置は1997年から2005年にかけての労働安全衛生法の改正によって有害物質ばく露対策としての使用が正式に認められたのを契機に、労働現場での普及が進んでいます。
 しかし、従来からばく露対策の主要な工学的手段であった局所排気装置(以下、局排)と比べるとPP装置に関する研究成果の報告例は未だ少なく、技術的な知見の集積が望まれています。当研究所では1990年代後半よりPP装置に関する複数の研究を鋭意進めておりますが、当コラムではその内の一例をご紹介いたします。


2.研究の概要


 今回ご紹介する研究は、トレーサーガスを利用したPP装置の排気効果の測定実験についてのものです。局排に「制御風速」という吸引気流に関する規定があるのと同様に、PP装置についても複数の省令(特別規則)がその性能要件を定めています。いずれの場合も、気流が規定の要件を満たせば有害物質は作業環境から排気されるものと想定し、現場ではその気流の確認が求められます。つまり、局排やPP装置が起こす気流の強さや状態から、それらの排気効果を間接的に判定する訳です。一方、トレーサーガス法では、疑似有害物質(=トレーサーガス)を発生させながら排気を行い、発生量と捕集量を同時に測定してその比から捕集率を算出するので、局排もしくはPP装置の排気効果を直接かつ定量的に判定できるという利点があります。

2.1 実験方法
 一般に、PP装置は比較的大きな換気区域を確保でき、使用時の作業性に優れることが利点です。そしてもしPP装置の排気効果を妨げる要因があった場合、この利点がどの程度維持されるかは労働衛生上興味のあるところです。そこで当研究では、トレーサーガスとして炭酸ガスを選び、「換気区域内に置かれた気流障害物の存在によりPP装置の捕集効果がどれほど影響を受けるか定量的に評価する」という実験を行いました。図1に、その際の実験装置の外観を示します。御覧の通り、比較的小さな水平流型PP装置がマニュアルのスプレー塗装作業に適用さている事例を再現しています。気流は図の右から左に流れ、プッシュフードとプルフードの開口面の四隅を点線で結んで出来た空間が換気区域になります。両フードの間隔は1.5メートルとしています。


図1 実験装置の外観図(実験時には作業者も入ります)

2.2 実験結果
 今回の実験では、気流と気流障害物の大きさを種々の組み合わせで変えながらエアー噴射を行い、その際のトレーサーガスの捕集率を求めました。なおこの実験ではトレーサーガスの量ではなく、濃度を測定しその比から捕集率を求めています。図2に結果を示します。グラフの縦軸は捕集率を、横軸は気流障害物の大きさ(フード開口面との面積比)を示しています。また気流の値として、0.37 m/s, 0.40 m/s, 0.44 m/s の3パターンの風速を設定しています。


図2 各条件におけるPP装置の捕集率

 この図から明らかな様に、PP装置の捕集率すなわち排気効果は、気流障害物が大きくなるほど低下します。また、その傾向は気流の風速が0.4 m/s 未満の場合においてより顕著です。


3.まとめ


 「気流障害物が大きくなれば捕集率は低下する」や「気流速度を上げれば捕集率の低下を(ある程度)抑制できる」のような定性的な話でしたら、敢えて実験で検証しなくても直観的に予想できます。しかし「実際に、何パーセントぐらい低下するのか?」という定量的な疑問に答えるには、ここでご紹介したトレーサーガスの測定が必要になります。また、実際の作業状態の再現下で装置の排気効果の検証ができる点もトレーサーガス法の利点です。この様に、PP装置や局排の性能・効果を精度よく評価する、あるいは有害物捕集に必要十分な風速を正確かつ具体的に予測する、といった場合に、トレーサーガス法は有用な情報を提供できるものと思われます。



(作業環境研究グループ 上席研究員    小嶋 純)

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