鉄鋼材料における超高サイクル疲労特性の評価
1.疲労破壊と労働安全
工場や建設現場で使用されている機械や構造物の多くは鉄鋼材料で作られていますが、これらの部材には大きな力が働いていますし、機械の部品には高速で動いているものもあります。このような機械や構造物がひとたび破壊すると、現場で作業している労働者に大きな被害を及ぼすことになるため、作業中に破壊することは絶対に防がなければなりません。
鉄鋼材料の破壊の仕方には多くの種類がありますが、中でも繰返し荷重が負荷されている場合に問題となるのが疲労破壊です。疲労破壊は1回の負荷では部材が破壊しないような小さな荷重が繰返し負荷されることにより、まず材料中に小さなき裂が生じ、それが荷重の繰返しとともに成長を続け、最後に部材が二つに分離破断してしまうような破壊です。機械や構造物の破壊のうち、80%以上が何らかの形で疲労に起因するという報告1)もあり、疲労破壊の防止は労働安全の観点からも重要です。
2.超高サイクル疲労とは
疲労破壊にもいくつかの種類があります。最も一般的なのが、荷重繰返し数が概ね104回以上で破壊する高サイクル疲労です。図1は高サイクル疲労による破壊を防止するための設計に使用されるS-N 線図と呼ばれるグラフです。一般に、縦軸の応力振幅Sが小さくなるにしたがって疲労破壊するまでの荷重繰返し数N(疲労寿命)が長くなっていきますが、鉄鋼材料の場合は106–107回程度の荷重繰返し数でグラフが水平になり、それ以下の応力振幅の力を何回加えても疲労破壊しなくなると考えられてきました。この限界の応力を疲労限度と呼んでいます。
しかし、近年の研究によれば、高強度の鉄鋼材料では図2に示すように、107–108回程度以上の荷重繰返し数でグラフが再び右下がりになっていき、疲労限度が消失する場合があることがわかってきました2)。このような高サイクル疲労よりも荷重繰返し数が大きい領域での疲労破壊を超高サイクル疲労と呼んでいます。高サイクル疲労では一般に材料の表面からき裂が発生して進展しますが、超高サイクル疲労では材料内部の介在物や微小な欠陥からき裂が発生するという特徴があります2)。
3.当研究所での超高サイクル疲労に関する研究
超高サイクル疲労現象が明らかになったことによって、従来は疲労破壊することがないと思われていた機械や構造物であっても、長期間使用すれば疲労破壊する可能性が出てきました。現在我が国は低経済成長下にあるため、既存の機械や構造物を当初の設計寿命を超えて使用することも多くなっており、疲労破壊の危険が増大していると考えられます。そこで当研究所では、産業現場で広く使用されている鉄鋼材料を主な対象として、超高サイクル疲労特性の解明を進めています。
図3は800MPa級高張力鋼のS-N 線図です。この線図を得るために、11本の試験片を使用して、加振周波数20kHzの超音波疲労試験機によって荷重繰返し数108回までの疲労試験を行いました。従来の電気油圧サーボ式疲労試験機では10Hz程度の加振周波数であったため、超高サイクル領域の疲労試験は困難でしたが、超音波疲労試験機などの高速な疲労試験機の開発によって、この分野の研究が加速されています。なお、今回使用した超音波疲労試験機の加振周波数は20kHzですが、高速に加振すると試験片が発熱するため間欠的に加振する必要があり、実質的な加振周波数は数百Hz程度になります。図3では1本の試験片が107回を超える荷重繰返し数で破壊していることがわかります。この試験片の疲労破壊の起点を調べたところ、写真1に示すように試験片表面ではなく、表面から380㎛の深さにある隣接した2個の介在物が起点になっていることがわかりました。一方、他の107回以下で疲労破壊した試験片は全て表面から疲労き裂が発生していました。従来の知見では、引張強さが1200MPa程度以上の鉄鋼材料で内部破壊を起点とする超高サイクル疲労現象が起こりやすい3)とされてきましたが、800MPa程度の引張強さの鉄鋼材料でも超高サイクル疲労現象が発生する可能性があることがわかりました。今後は他の鉄鋼材料を含め、より大きい荷重繰返し数まで疲労試験を行い、超高サイクル疲労特性の解明を進め、疲労破壊による労働災害防止に寄与したいと考えています。
図1 鉄鋼材料のS-N 線図の概念図
図2 高強度鉄鋼材料のS-N 線図における疲労限度消失の概念図
図3 800MPa級高張力鋼のS-N 線図(超音波疲労試験)
写真1 800MPa級高張力鋼超高サイクル領域疲労破面のSEM画像
参考文献
- 西田新一, 機械機器破損の原因と対策, 日刊工業新聞社, (1986), p.5
- 例えば, 越知保雄, 疲労の基礎と最近の話題, 3.金属材料の超長寿命領域における疲労特性, 材料, Vol.52, No.4 (2003), pp.433-439.
- 例えば, Kanazawa, K. et al., NRIM Fatigue Data Sheet Technical Document, No.9 (1989).