労働安全衛生総合研究所

タブレット端末を用いた危険予知訓練と現場の安全管理への応用

1.はじめに


 労働現場では、リスクアセスメントを行うことにより、事前に作業や作業環境のリスクを低減させる必要があります。重篤な労働災害が発生している建設業においても、リスクアセスメントの導入が推進されていますが、建設現場は仮設状態の作業環境が多く、作業の進捗によって作業環境が変化していくため、管理者側が実施するリスクアセスメントだけでは十分だとは言えません。作業者自らが安全活動を行ったり、安全教育を受けたりすることにより、労働災害防止のために努力することも必要です。実際に、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」1)を見ると、多くの労働災害事例が掲載されていますが、その中でも、作業者に対する安全教育が不十分であったことが、災害発生の一要因になっている事例も多く紹介されています。
 建設業の中でも、特に、住宅建築現場は1箇所の作業人数が少なく、一人作業の場合があること、現場が様々な場所に点在し、管理者が作業者の危険予知活動の実施状況を確認するのが困難であることが特徴として挙げられ、危険予知活動が実施されづらい状況であると言えます。そこで、私たちは有限会社サイビジョンの協力を得て、住宅建築現場を対象とし、タブレット端末を用いた危険予知訓練のための教材を開発してきました2)


2.タブレット端末を用いた危険予知訓練のための教材の仕組み


 それでは、教材の仕組みについて紹介します。この教材の1試行のイメージを図1に示します。


図1 教材の1試行のイメージ

 1試行は、状況説明部分、問題部分、解説部分の3つに分かれています。まず、状況説明部分で、作業の状況説明が表示された後、問題部分で作業場面の画像が4分割で提示されます。このとき、4枚中1枚の画像に危ない状態、もしくは、危ない行動が含まれ、残りの3枚の画像には含まれませんでした。作業者が4枚の画像の中から危ない画像を選択し画像上をタッチすると、解説部分が表示され正誤と解説が表示されます。1試行が終わると、次の場面に進めるようになり、作業者が一人で危険予知訓練を進めていくという仕組みになっています。本研究では、住宅建築現場を題材としたので、住宅建築現場で労働災害が多く発生している「外部足場の作業」、「脚立の作業」、「電動丸のこの作業」、「自動釘打ち機の作業」の4種類の作業を選定しました。(一社)住宅生産団体連合会 工事・CS労務安全管理分科会(現、安全委員会)にて、住宅メーカーの労務安全管理担当者の方々へこれらの作業の典型的な危険な状態、もしくは、危ない行動を聴取し、各作業8試行を1シナリオとして画像を作成しました。
 それでは、例を見ていただきましょう。図2は脚立を使った作業の一場面です。4つの画像の中で危ない状態、もしくは、危ない行動が含まれているのはどれでしょうか。

図2 脚立を使った作業の一場面

 正解は、右上の画像です。作業者が手に物を持って脚立を昇っています。バランスを崩して脚立から落ちる可能性があるので危ない行動です。


3.教育訓練効果の検証


 私たちは上記のように、危険予知訓練に利用できる教材を作成してきましたが、この教材に本当に教育訓練効果があるのかについて検討することが非常に重要だと考えました。そこで、建設作業者の方々を対象にいくつかの実験を行いました。
 まず、この教材による危険予知訓練を繰り返し実施することにより、危険要因を早く正確に指摘できるようになるかについて、建設作業者の年齢別に検討をしました(図3)2)。その結果、高年齢層は他の年齢層ほどの訓練効果は認められなかったものの、すべての年齢層で正答率の上昇や判断時間の短縮が見られ、教材による危険予知訓練を実施することによって、早く正確に危険要因を認知できるようになることがわかりました。また、教材の操作の難易度、教材への興味、主観的学習効果など主観評価についても利用者の評価は高く、「写真があってわかりやすかった」、「ゲーム感覚でできた」などの意見が聞かれました。
 次に、この教材による危険予知訓練の実施前後で、危険予知テストの成績や安全意識が変化するかについても検討しました3)。その結果、教材による危険予知訓練後に危険予知テストの成績が向上した上、「自分は危ない行動をわかっていなかった」、「自分は危ない行動をしてしまっていた」というように、自己の認知や行動に対する気づきがあり、自己評価が下方修正され、リスク回避行動の増加が期待できると言えました。
 以上のように、この教材には、教育内容の理解、危険予知能力の向上、安全意識の向上など複数の観点から教育訓練効果があることが明らかとなりました。



図3 建設作業者を対象とした実験風景

4.労働現場への適用(管理サイトの作成)


 作成した教材は、作業者がタブレット端末さえ持っていれば、いつでもどこでも手軽に危険予知訓練を受けられるという利点があります。しかし、労働現場への適用を考えると、管理者が作業者の危険予知訓練の実施状況や成績を把握できるようにし、現場の安全管理に役立てられることが望ましいです。そこで、私たちはインターネット上でタブレット端末による危険予知訓練の実施状況や成績を確認したり、管理したりできる「管理サイト」を作成しました。


5.「管理サイト」の仕組み


 それでは、作成した管理サイトの仕組みについて説明します。
 まず、管理者が管理サイトに個別のIDでログインし、作業者が危険予知訓練で使用するタブレット端末を管理サイトに登録します。管理者は、どのシナリオをどの端末へ配信するかを管理サイト上で設定することができ、シナリオは指定された端末へ自動ダウンロードされる仕組みになっています。このような仕組みにすることで、万が一タブレット端末を紛失しても、管理サイト上からシナリオを削除することが可能となります。次に、作業者がタブレット端末上で危険予知訓練を実施すると、インターネットがつながる環境であれば、結果が自動的に管理サイトへ送られます。管理者は管理サイト上で、どの作業者が、いつ、どのシナリオを実施し、どのくらいの成績であったかを確認することができます(図4)。この管理サイトの用途としては、新規入場者教育や通常の危険予知活動での利用が考えられます。例えば、成績が合格ラインを超えた作業者のみ作業現場への入場を許可する、その日の作業工程によってシナリオを変えて危険予知訓練を受けてもらうなどです。


図4 管理サイトの画面

6.住宅メーカーでの教育システム(教材と管理サイト)の実証実験


 私たちは、管理サイトを現場のみなさんにとってより使いやすいものにするため、タブレット端末を用いた危険予知訓練の教材と管理サイトを合わせた教育システムを実際の現場で利用していただき、アンケートにより管理サイトの改善点や感想などについて、ご意見をいただくという試みを行っています。図5は、住宅建築現場において、タブレット端末を用いた危険予知訓練を2週間実施した様子を示しています。図5の左の写真は、管理サイトに現場管理者の方の所持するタブレット端末を登録していただいている様子です。QRコードをタブレット端末で読み込むことで簡単に登録されます。図5の中央の写真は、現場管理者の方が現場巡視の際に、所持するタブレット端末を用いて作業者の方々へ危険予知訓練を実施していただいている様子です。



図5 住宅メーカーでの教育システムの実証実験の流れ

7.まとめと他分野への応用の可能性


 私たちは、危険予知訓練に利用できる教材を作成し、教育訓練効果の検証を行うと同時に、研究レベルではありますが、現場での安全管理へ活用できるように教育システムの機能を拡張させてきました。この教材は、これまで住宅建築現場での危険予知訓練をテーマに開発してきましたが、4分割で画像を提示するというシンプルな仕組みであるため、画像を入れ替えることにより他分野でも応用が可能です。住宅建築現場に限らず、労働災害の防止が求められる様々な現場でこの教育システムが広く利用されるよう、研究を続けていきたいと考えています。



参考文献

  1. 厚生労働省,職場のあんぜんサイト,労働災害事例, http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_FND.aspx
  2. 高橋明子,高木元也,三品誠,島崎敢,石田敏郎(2013)建設作業者向け安全教材の開発と教育訓練効果の検証,人間工学,Vol.49,No.6,pp.262-270.
  3. 高橋明子,高木元也,三品誠,島崎敢,石田敏郎(2016)経験の浅い作業者の危険予知訓練による危険認知能力と自己評価の変化,労働科学,Vol.92,No.3/4(in printing).

(リスク管理研究センター 研究員 高橋 明子 )

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