労働安全衛生総合研究所

静電気リスクアセスメント手法

 すべてのエンジニアは人の安全と健康そして環境に配慮してリーズナブルに実行可能な信頼性の高い安全対策をできる限り実施しなければならない。このためには、リスクアセスメントの実施が必須です。今日では、安全を保証するためにも科学的根拠に基づいてリスクを分析してから、適切な安全対策を実施するというリスクアセスメントの必要性がますます増加しています。いくつかの産業災害を教訓に欧州で十数年の試行錯誤の末に確立された事故未然防止の安全技術であるリスクアセスメントは、各国の施策の下にいまや安全管理のためのグローバルスタンダードになっており、我が国でも2006年4月の改正労働安全衛生法の施行により、リスクアセスメントの実施が明示されようになりました。さらに、2014年6月25日に「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(2014年法律第82号)が公布され、ここに定められた化学物質(640種)については、リスクアセスメント(危険性または有害性の調査)を実施することが義務となりました(2016年6月1日施行)。

 静電気による災害の未然防止においてもリスクアセスメントは重要であることはいうまでもありませんが、静電気の基礎がないとその的確な実施は不可能であるので、リスク分析の支援となる静電気リスクアセスメント手法を、厚労科研費(2008-2010年)の援助と欧州も含めたエキスパートおよび安全管理者の協力により、研究・開発しました。

 目標とした手法のコンセプトは、以下の9点です。
(1) 簡単であること;(2) 科学的根拠があること;(3) 現実的であること;(4) 事故に学ぶこと;(5) ハザードを抜けがなく的確に同定できること;(6) ハザードを発生可能性(確率)として評価できること;(7) 意思決定できるリスクを求めること;(8) 必要な静電気対策を的確に実施できること;(9) 静電気対策の不備を確認できること。

 活用される現実的な手法を開発するために、現状の静電気リスクアセスメントの実態をアンケート調査および欧州も含めた現場調査により把握することから始め、さらに、50年にわたる事故を分析し、過去の事故傾向を調査し、事故にみる静電気ハザードの傾向も把握し、ハザード同定に反映させました。

 これらの予備調査の結果を踏まえて国際規格のISO/IEC Guide 51 (Safety aspects – Guidelines for their inclusion in standards)の流れに沿った科学的・系統的・網羅的な静電気リスク分析手法(図1)を開発し、さらに、この手法の流れに沿ってリスク分析を実施するためのシートも用意しています。このリスク分析手法は災害・事故調査で静電気の原因を究明する際に筆者が用いている静電気着火のフロー(シナリオ)に基づいた方法がベースとなっていますので、事故における静電気の要因を調査するときにも十分に有効です。



図1

 リスク低減策としては、指針や規格に示された静電気対策を用いて的確に実施されれば十分にリスクを許容できるまでに低減できるので、対象の工程・作業に対応させて必要な静電気対策を実施できるようにもしています。さらに、事故の原因となった静電気対策からの逸脱も容易に見つけ出すことができる工夫もしています。

 開発した手法は現場試験運用を積み重ねることによって、その妥当性が検討・確認されたものです。本手法はガイド「静電気リスクアセスメント」として文書化もしており、希望者に配布しています。手法の概要は静電気学会誌の特集(38巻5号)にも出版されています。現在は多くの安全管理者の運用(ワーキンググループ活動)を通して普及に努めており、この運用によりガイドも随時にポリッシュアップ(改訂)しています。筆者がエキスパートとして制定に参画した最新の国際規格(IEC TS 60079-32-1: 2013 Explosive atmospheres - Part 32-1: Electrostatic hazards, guidance)をもとに必要な修正、運用事例集およびガイドの英訳も進めています。近いうちにインターネットで広く公開し、日本発の安全技術となることを願っています。

 運用により妥当性が確認された科学的に矛盾のない比較的に容易な静電気着火のリスクアセスメント手法です。最低31項目を調査すれば、リスク分析は可能です。多くの安全管理者に活用され、静電気の事故が未然防止されることを望みます。


(電気安全研究グループ 上席研究員 大澤 敦 )

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