労働安全衛生総合研究所

脚立作業中の転落災害と作業姿勢の関わりについて

1.脚立に関連する労働災害の実態


 脚立は高所への移動または高所作業に使用する用具で、業種や業態を問わず様々な場面で利用されていますが、昨今は脚立使用中に墜落・転落するなどの労働災害(以下、脚立起因災害)が問題視されています。平成18年(2006年)に発生した日本国内の労働災害について分析した結果、脚立に関する(はしごなどを除く)ものだけで、年間約3900件の災害が発生していると推定されています[1]。その多くは脚立からの墜落・転落によるもので、被災者の65%以上が被災後1ヶ月以上休業するなど、身体へのダメージが軽度ではないことも明らかとなっています。
 このような脚立起因災害が、どのような状況で発生しているかについて調査し、作業行動を「作業中」、「上り」、「下り」、「乗り移り」、「運搬」、「その他」の6項目に分類したところ、図1に示すように、作業中の災害が最も多く全体の70%以上を占めることがわかりました[2]。そのため、脚立起因災害を防止するためには、脚立上での作業中に作業者がバランスを崩すなどして墜落・転落する事故の原因究明と対策を行っていくことが必要と考えられます。
 なお、このような傾向は日本だけではなく海外にも共通しています。海外では脚立は[Stepladder]と呼ばれていますが、日本と同様に墜落・転落のリスクが高い用具であることが指摘されており、建設業を対象とする調査研究において、日本と同様に作業中の災害が最も多い傾向が示されています[3,4]。



図1 被災時の作業行動(国内の脚立関連災害992件の内訳)


2.脚立上で作業することの危うさ


 なぜ作業中に転落災害が多く発生するのでしょうか?それには、作業者の姿勢のバランスが崩れやすいことと、作業者の動きによって脚立自体が倒れやすいという2点が関係していると考えられます。
 まず作業者の姿勢のバランスについて考えてみましょう。脚立は踏ざん(ステップ)の短軸(奥行き)が4?7cm程度と非常に狭い構造となっています。仮に作業者の足のサイズが26cmだとすると、足の長さの15?27%程度しか支えることができません。また、通常はバランスが崩れると足を一歩踏み出して身体を支えることができますが、脚立の上ではそれができません。そのため脚立の上に立つということは、通常の地面よりも遙かに狭い足場の上で身体のバランスを支え、なおかつ一度もバランスを崩してはいけない、という非常に難しい課題を強いられることになります。さらに、脚立の上で何らかの作業をする場合はバランスの保持がより難しくなります。例えば清掃業務のために脚立を使う場合は、荷物を持ったり、窓を拭いたり、蛍光灯を交換するなど様々な姿勢をとることになりますが、それらは腕や体幹、頭の角度を拘束することになるので、人のバランス保持を難しくすると考えられます。
 次に、脚立自体の倒れやすさについては、脚立の傾きが大きく関係しています。脚立の昇降面は地面から約75度傾いていますが、昇降面の左右方向は約85度と垂直に近いため、左右に倒れやすいという性質があります。そのため、脚立上で作業者が横に蹴り出すような力をかけると、脚立が倒れやすいため注意が必要です。また、脚立の軽さも関係してきます。脚立の質量は4段脚立(天板までの高さ1.1 m程度)でも5kg以下となります。これは同じ高さの高所作業用具(可搬式作業台、足場台、立ち馬など)が10kg以上あるのに比べると非常に軽量です。質量が軽いと、脚立に対して横方向の力が働いた場合により倒れやすくなってしまいます。
 このように、脚立の上で安定した作業を行うためには、作業者の姿勢と脚立自体の安定性の両方を高める必要があります。以下では、作業者の姿勢のバランスを高めるための研究についてご紹介します。


3.脚立上での姿勢を安定させるには


 脚立に立っている作業者の姿勢を安定させるにはいくつかの手段があると予想されますが、簡単かつ有効な手段として、適切な場所に立つということが挙げられます。一般的なはしご兼用脚立の場合、JIS S 1121によって天板に乗ることが禁止されており、表示シールも貼られていますので、天板に乗ってはいけないということは多くの方がご存じかと思います[5]。そのため現在は天板の1段下が「乗ることのできる最上踏ざん」とされています。では天板の1段下が最適な立ち位置なのでしょうか?
 脚立への立ち方と姿勢の安定性との関係はこれまでに研究されていませんでした。そこで当研究所では、脚立の立ち方を変えた際に、作業者の姿勢のバランスにどのような影響を与えるのかについて、実験によって検証を行いました。具体的には、脚立の上で身を乗り出した際にバランスを崩すケースを想定し、前方に最大限遠くまで手を伸ばしてもらった際の、人の姿勢とリーチ距離(手の伸びる距離)、体重移動について調査しました[6]。
 図2右は天板に立った場合の様子です。手を最大限まで伸ばしていますが、腰が曲がっていて思うように伸びることができていません。図2中は天板の1段下に立った場合で、こちらも同様の姿勢になっています。図2左は天板の2段下に立った場合ですが、他の立ち方とは違い、脚立に寄りかかるようにして立つことができるため、腰が伸びたまま前に手を伸ばすことができています。このように立ち方を変えることで作業姿勢に違いが生じます。




図2 脚立への立ち方を変えたリーチ姿勢の様子
(左:天板の2段下,中:天板の1段下,右:天板の上)

 実際のリーチ距離を図3に示します。これは脚立の中心から右手指先までの水平距離を計測し、10人の平均値と標準偏差を求めた結果です。どの条件でも脚立から100–110 cm程度の距離まで指先が伸びていることがわかります。腕の長さは平均して約70 cmですので、約30–40 cm分の距離が身体の傾きによって生じています。天板の2段下は一番後ろに立っているので、リーチ距離は短くなるように思いますが、実際には身体を脚立に接触させながら立つことができるので、一番前に立っている天板と同じ距離まで手を伸ばせることがわかりました。その結果、天板の1段下に立った場合のリーチ距離が3条件のなかでは最も短くなりました。



図3 リーチ距離の結果

 次に、体重移動がどの程度できているかを調査しました。この研究では、脚立の下に荷重を計測するセンサを設置し、荷重の中心位置を計測しています。そして最大限手を伸ばした時の荷重中心が、普通に立っている時からどの程度移動できているかを計測しました。この荷重の移動が大きくできれば、実際の作業中の身体の揺れに対して耐えやすいとの考えから、荷重の移動距離が大きいものを姿勢が安定する適切な立ち方とみなしています。
 図4に実際の荷重移動距離の結果を示します。この図をみると、天板に立った場合の荷重の移動距離は8 cm程度だったのに対し、天板の2段下に立つと17 cmと約2倍になることがわかりました。一方、天板の1段下に立った場合の移動距離は約10 cmと、天板の2段下に比べ姿勢を安定させる効果は少ないことも示されました。



図4 床反力作用点の移動距離の結果

 以上のように、天板の2段下に立って作業することで、リーチ距離を損なうことなく、姿勢を安定させて作業ができるようになると考えられます。このことから、持ち運びを重視して低い脚立の天板に乗って作業することは避け、通常より高めの脚立を選び、少なくとも脚立の上2段分は空けて作業をすることが望ましいと考えられます。

4.まとめと今後の展開


 脚立への立ち方は、特別な工夫が必要なく、誰しもが安全性を高めることのできる方法です。知らず知らずのうちに、天板に立って作業していることが多いのであれば、使っている脚立の寸法を見直し、上段に立たずに作業することができるものを選択してください。
 今後は、2章で述べたように、脚立の上で工具を使った際の影響や、脚立自体の倒れやすさについて研究を進め、脚立の使用基準などへ反映されることを目指していきたいと考えています[7]。
 なお、今回紹介した研究は「もし現状の脚立を使うとしたら」という観点で実施したものです。脚立よりも安定した用具を使うことができれば望ましいですし、脚立自体が今よりも安定した構造になっていけばなおよいかと思います。しかし現在広く普及しているはしご兼用脚立が、作業現場で完全に使われなくなるとは考えにくく、特に機器のメンテナンスや清掃、樹木伐採など頻繁に高さを変える業務では使われ続けることが予想されます。そのため、現状のはしご兼用脚立をできる限り安全に使う方法を明らかにしていきつつ、脚立以外の様々な高所作業用具を使った作業の安全についても研究を進め、高所作業に対する包括的な安全対策がとれるようにしていきたいと考えています。
 もしこのコラムをお読みの方で、脚立を使った作業中のヒヤリ・ハット事例や、こんな作業で事故が多い、などのご意見・ご感想がございましたら、お知らせいただきますようお願いします。


参考文献
  1. 菅間敦, 大西明宏:脚立に起因する労働災害の分析, 労働安全衛生研究, Vol.8,No.2, pp.91-98, 2015.
  2. 菅間敦:脚立作業の労働災害防止対策,労働安全衛生広報,Vol.48,No.1126,pp.5-13,2016.
  3. Bjornstig, U. and Jonsson, J.: Ladder injuries Mechanisms, injuries and consequences, Journal of safety research, Vol.23, No.1, pp.9-19, 1992.
  4. Axelsson, P.O. and Carter, N.: Measures to prevent portable ladder accidents in the construction industry, Ergonomics, Vol.38, No.2, pp.250-259, 1995.
  5. JIS S 1121:2013アルミニウム合金製脚立及びはしご, 2013.
  6. 菅間敦,大西明宏:最大リーチおよび作業姿勢の評価による脚立への安定した立ち方の検討,人間工学,Vo.52,No.1,pp.40-48,2016.
  7. 一般社団法人仮設工業会:墜落防止設備等に関する技術基準,2003.

(リスク管理研究センター 任期付研究員 菅間 敦)

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