労働安全衛生総合研究所

活性炭と労働衛生

1.はじめに


 労働環境の改善や測定のために、多孔性の炭素材料である活性炭が広く活躍しています。活性炭は、一般家庭においても空気清浄機のフィルターや浄水器のカートリッジ,冷蔵庫の脱臭剤などに利用されているもので、皆さんにも名前はよくご存知のかたが多いことと思います。労働衛生での活性炭は多くの場合、上記の家庭用製品に用いられるものよりもいくらか高品質のものが使用されています。ここでは活性炭についての概要を示した後、労働衛生におけるおもな利用のかたちと共に、最近の当研究所での研究をはじめとする話題のいくつかをご紹介いたします。

2.活性炭とは


 活性炭、との言葉から皆さんが思い浮かべるものはどのようなものでしょうか。多くのかたは小さな黒い炭の粒々をイメージされることと思います。それはもちろん正しいことですが、より正確には、炭であればそれだけで活性炭となるわけではありません。そこでまず、活性炭の作られ方の概略(図1)をご説明します。



図1 活性炭の製造過程の概略1)

 活性炭は木材,石炭,石油などをおもな原料として製造されています。木材のなかでも代表的な原料はヤシ殻であり、多くのかたが目にする活性炭はおそらくこのヤシ殻活性炭であろうと思われます。活性炭の原料にはまず炭化(酸素濃度が非常に低い状態で高温に熱して炭の状態にすること)を行った後、高温の水蒸気や薬品を用いた処理によってナノメートル(10億分の1メートル)サイズの直径を持つ微小な細孔(小さな穴)を発達させます。この処理を賦活(ふかつ)または活性化と呼んでいます。つまり、賦活によって形成された無数の微小な細孔によって、炭は活性炭となり、大きな吸着能力を持つこととなるのです。
 活性炭は他の吸着材料と比較して、その吸着能力だけでなく、軽量性,安定性,安全性,経済性において総合的に優れています。もっともすべての物質の吸着に万能というわけではなく、たとえばアンモニアを吸着するためには活性炭に特別な化学物質を添着させたものが利用されていますが、以降は一般的な活性炭と労働衛生における利用についてのお話を進めたいと思います。

3.有害ガスの吸着材料


 各種工場などの作業現場では、さまざまな有機溶剤が塗料や接着剤,機器などの洗浄の目的のために使用されています。それらの有機溶剤の多くは蒸発によってガス化しやすいものですが、有機溶剤には有害なものがあるため、現場で働く作業者の吸気にそのまま取り込まれることは危険です。そこで作業者をこの危険からまもるための対処のひとつとして、呼吸保護具(防毒マスク)が用いられます。防毒マスクには、有害ガスを取り除くための吸着材料の入った交換可能なカートリッジ(吸収缶)が装着されています。この吸収缶の内部の吸着材料には、一般的な有機溶剤への対処を目的とする製品の場合に活性炭が使用され、不織布に挟まれるかたちで層状に充填されています(図2)。これを活性炭層と呼びます。防毒マスク以外にも、換気設備から有害ガスが周辺環境へ排出されることを防ぐために設置される吸着フィルターに活性炭層が多く用いられています。



図2 防毒マスクの製品例(左)と吸収缶の内部の活性炭層(右:上下)

 さて、この活性炭層はどのくらいの時間にわたって有害ガスを除去できるでしょうか?活性炭層の利用可能時間は、入口でのガス濃度に対する出口のガス濃度の時間変化を示す“破過(はか)状態”を基に議論されます(図3)。破過状態はガスの種類や入口のガス濃度などの条件により変化し、実測での全ての把握は困難が伴います。そのため、実際の測定データも踏まえながら、数式による適切なモデル計算化の検討2, 3)もこころみられています。


図3 活性炭層でのガス吸着と破過状態

 また、水分を含んだ活性炭では、有害ガスの吸着能力が損なわれます。季節により湿度の高い時期を持つ日本ではこの影響も大きな問題です。当研究所の研究結果では、元の重量のおおよそ30%以上の水分を吸うと、活性炭は急激に有害ガス吸着能力が低下することがわかっています4, 5)。活性炭の保管においては、乾燥した状態を保つことがとても重要となります。活性炭は一度水分(湿気)を多く吸ってしまうと、加熱や真空処理などをかなり強く行わなければそれを放出しにくいという性質があるからです6)
 そのほか、大学などにおいては使用済みの活性炭フィルターの再生利用方法の研究も行われています。

4.作業環境測定のためのガス捕集剤


 前項に記した作業現場での有機溶剤から発生する有害なガスについては、それぞれの現場の空気中に含まれるガスの種類や濃度を正しく把握することも労働環境の管理と改善のために欠かせないものとなります。この測定においては、高い濃度の場合にはガスセンサーなどを用いて直接測定することも可能です。しかし、低い濃度(おおよそ数十ppm程度以下など)では、そのままでは科学分析機器を用いても詳しい測定や、場合によっては検出自体が難しくなることがあります。
 そこで、労働安全衛生法に基づく“作業環境測定”では、まずガスの捕集剤を充填した捕集管(サンプリング・チューブ)を吸引ポンプにつなぎ、一定時間空気を吸引してガスの濃縮捕集を行います。その後、管の内部からこの捕集剤を取り出して二硫化炭素などの有機溶媒中に加え、捕集したガス成分を抽出した液体試料を作成します。この液体試料をガスクロマトグラフという測定装置を用いて分析し、その結果から元の空気中のガスの濃度を決定する、という手順による方法(固体捕集法)7)が採られています(図4)。この捕集剤にも、活性炭は中心的な材料として現在用いられています。


図4 作業環境測定における活性炭捕集管と固体捕集法

 作業環境測定での対象物質の種類は多く、有害ガスの種類や濃度の低さによっては、おもに抽出の効率の問題から測定の精度を損なうことも指摘されています。より効果的な抽出を可能とするために、捕集剤の改善や、対象ガスと有機溶媒の組み合わせに関する研究が安衛研の内外で現在も進められています。

5.おわりに


 炭に吸着材料として能力があることが見出され、利用されるようになったのは紀元前のエジプトまでさかのぼると言われます。その後、19世紀には工業材料としての大規模な利用が行われるようになり、20世紀に入ってそれは活性炭へと大きく進歩を遂げました。このように起源からは極めて長い歴史を持つ活性炭ですが、その性質にはまだ明らかでないことも多く残されています。たとえば、活性炭の原子レベルでの構造は、いまだ推定の段階であって確定には至っていません。そのほか、原料の違い,微小な細孔の発達状態の違いが吸着能力に与える影響などの科学的な研究や議論が現在も続けられています。
 活性炭は伝統的なものでありながら、今後も発展の可能性を秘めた材料であると言えるでしょう。もちろん労働衛生においても、上記に述べたように活性炭はこれからも重要な働きを担っていくものと見込まれます。より有効で適正な利用に向けた科学的知見を得ることを目指し、筆者は取り組みを進めています。


参考文献
  1. 真田雄三,鈴木基之,藤元薫 編.新版活性炭 - 基礎と応用 - .東京:講談社サイエンティフィク,1992.
  2. 安彦泰進.小型活性炭カラムにおける有機ガス破過曲線の近似計算の検討.産業衛生学雑誌 2013; 55: 69-72.
  3. 安彦泰進.NIOSH MultiVaporTM を用いた活性炭層の有機ガス破過時間の推算.産業衛生学雑誌 2013; 55: 165-171.
  4. Abiko H, Furuse M, Takano, T. Quantitative evaluation of the effect of moisture contents of coconut shell activated carbon used for respirators on adsorption capacity for organic vapors. Ind Health 2010; Vol.48: pp.52-60.
  5. Abiko H, Furuse M, Takano, T. Reduction of adsorption capacity of coconut shell activated carbon for organic vapors due to moisture contents. Ind Health 2010; 48: pp.427-437.
  6. Abiko H. Water vapor adsorption and desorption isotherms of activated carbon products used in Japanese gas respirators. TANSO 2011; pp.127-132.
  7. 社団法人作業環境測定協会編.作業環境測定ガイドブック5 有機溶剤関係 第4版. 東京:社団法人作業環境測定協会,2012.

(作業環境研究グループ 主任研究員 安彦泰進(アビコ ヒロノブ))

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