労働安全衛生総合研究所

ストレスホルモンを測る

1.はじめに


 職場の心理社会的ストレスに関連した要因が健康を阻害することは広く認識されています。約6割の人が仕事や職業生活において強い不安、悩み、ストレスを感じており、また、職業性ストレスによってうつや自殺の数が増加することも報告されています(たとえば、堤らの報告1))。心理社会的ストレスを評価し、管理することは、うつなどのストレス関連疾患の予防を考える上では一つの重要な課題となっています。12月からはストレスチェック制度が始まり、ストレス対策は一つの重要な節目を迎えていますが、さらにその先を見据えて、ストレスやストレス関連疾患のリスクをより正確に評価する手法を開発することは重要な課題の一つだといえます。

2.ストレスホルモン


 このような流れの中、私たちの研究では、ストレスの生理学的な評価法の一つとして、いわゆる“ストレスホルモン”として知られているコルチゾールに注目して研究を行っています。コルチゾールは副腎皮質から放出されるステロイドホルモンであり、ストレスとの関連では最もよく研究されているバイオマーカーです(図1)。ストレスを負荷すると(たとえば、人前でスピーチをさせるなど)、その値は10分–20分ぐらいの間に2–3倍に増加することが知られています。また、コルチゾールは免疫系、中枢神経系、代謝系などに対して様々な生理学的な作用を有します。たとえば、長期にわたって過剰に分泌されると脳の海馬を委縮させることや、炎症のコントロールを悪くすること、また、うつ病の患者ではコルチゾールが高いことも報告されています。つまり、コルチゾールはストレスと身体的・精神的健康を結びつける重要なホルモンといえるでしょう。



 従来まで、コルチゾールは血液や唾液から測定されてきました2)。特に唾液中のコルチゾールは、血中のコルチゾールと相関が非常に高く、血液と比較して身体に傷をつけることなく採取できる、医師の資格がない者や対象者自身でも採取できる、採取器具が安価である、などの利点もあり、職業性ストレスを含む多くのストレス研究で用いられています。しかしながら、一方で、コルチゾールは朝高く、夜低いという日内変動があり、唾液を採取するタイミングに大きな制約があります。また、唾液のコルチゾールは、ホルモンの比較的短時間(数分–数十分)の動態を反映し、例えば、唾液採取前の急性ストレスによる影響も大きく、職業性ストレスなどの慢性的なストレスを評価するにあたっては適さない点もあります。一過性のストレスよりは慢性的・蓄積的なストレスが健康を害することを考えると、これは一つの重要な点だといえます。

3.毛髪のコルチゾール


 このような流れの中、唾液試料に代わるコルチゾールの指標として、最近では毛髪試料が注目されています3)。薬物乱用の検査やスポーツのドーピング検査などに毛髪は利用されますが、その技術を応用して、過去数か月の生体内でのコルチゾールの分泌量を評価することが研究されています。生理学的には、毛髪は生成される際にケラチンにコルチゾールも取り込まれることがわかっています(図2)。毛髪は1か月で約1センチ伸びるので、例えば、根元から3センチ部分の毛髪のコルチゾールを測定すれば、最近3か月のコルチゾールを評価できると考えられています。このような特徴は、職業性ストレスなどの慢性的なストレスを評価するのに適しており、また、ホルモンの日内変動を気にする必要もないので、コルチゾールを評価する一つのツールとして非常に期待されています。職場のストレスに関連した研究はまだ少ないですが、例えば、失業している人、シフトワークに従事している人では値が高いことが報告されています4,5 )
 毛髪の採取にあたっては、後頭部の毛髪を根元からはさみで切り取ります(図3)。採取した毛髪は、はじめに毛髪の外側に付着した物質(汗や皮脂など)をアルコールで洗い落とし、その後、粉状に粉砕し、メタノールの中でコルチゾールの抽出を行います。抽出した液を濃縮し、最終的には質量分析やELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法によって測定することが一般的です。
 一方で、毛髪のコルチゾールに関してはいくつかの問題点が報告されています。例えば、髪の脱色やカラーリングによって値が低下することが報告されています。また、洗髪によっても値が低下する可能性が報告されています。毛髪の損傷によって、コルチゾールの評価がうまくできない可能性があります。それに加えて、自身では採取が難しいこと、数十本の毛髪が分析に必要なこと、頭髪のない人では評価が難しいことなども考慮しなければいけない問題です。







4.爪のコルチゾール


 最近の私たちの研究では、手の爪からも同様にコルチゾールの評価をできることがわかっています。たとえば、2週間のばした爪であれば、過去の2週間分のコルチゾールを評価できると考えられます。爪は生成されてから先端にのびるまでに数か月かかることから、その値は数か月前の状態を反映しているということがわかっています(図4)6)
 採取にあたっては、手の10本の指から1–2週間のびた爪を切り取って、ジップロックなどの袋にいれるように教示します。測定手順は基本的には毛髪の手順と同じになります。爪は毛髪と比較して構造的な劣化も少ないと考えられ、毛髪よりも採取が簡単であるため、汎用性がより高いかもしれません。
 私たちの予備的な研究では、職業性ストレスが高い人では爪のコルチゾールが高いことがわかっています。しかしながら、新しい指標であるがゆえに、わかっていないこともまだ多く、今後の研究の進展が待たれます。




5.まとめ


 本稿ではストレスホルモンとして知られているコルチゾールについて、その評価方法について紹介してきました。従来までの血液や唾液の指標に加えて、最近では、毛髪や爪からもコルチゾールの評価が可能であること、またそれと同時に、それぞれの指標の限界点についても触れました。これらの指標の関係性は、糖尿病の検査項目となっている血糖値とヘモグロビンA1c(HbA1c)の関連に似ているかもしれません。血糖値はその時の血糖の状態を示す指標として、HbA1cは過去1–2か月の血糖値を反映する指標として、健康診断などでは用いられています。唾液、毛髪、爪などの指標を目的に応じて使い分けることによって、将来的にはコルチゾールがストレスやストレス関連疾患のリスクを評価する一つのものさしとなることが期待できます。今後は、これらの指標、特にまだ研究数が少ない毛髪や爪のコルチゾールに注目し、職業性ストレスやストレス関連疾患との関連についてデータを収集し、労働者のストレスの生理学的な評価など、今後のストレス対策へ貢献できるように研究を進めていきたいと考えております。

文献
  1. Tsutsumi A et al: Low control at work and the risk of suicide in Japanese men: a prospective cohort study. Psychotherapy and Psychosomatics 76: 177-185, 2007.
  2. 井澤修平 他: 唾液中コルチゾールによるストレス評価と唾液採取手順. 労働安全衛生研究 3: 119-124, 2010.
  3. Russell, E et al: Hair cortisol as a biological marker of chronic stress: current status, future directions and unanswered questions. Psychoneuroendocrinology 37: 589-601, 2012.
  4. Dettenborn L et al: Higher cortisol content in hair among long-term unemployed individuals compared to controls. Psychoneuroendocrinology 35: 1404-1409, 2010.
  5. Manenschijn L et al: Shift work a young age is associated with elevated long-term cortisol levels and body mass index. Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism 96: E1826-E1865, 2011.
  6. Izawa S et al: Cortisol level measurements in fingernails as a retrospective index of hormone production. Psychoneuroendocrinology 54: 24-30, 2015.


(作業条件適応研究グループ 主任研究員 井澤修平)

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