労働安全衛生総合研究所

粒子状物質測定の難しさ

1.はじめに


 働く人が化学物質を取り扱う際の健康障害を防止するために、発生源の封じ込め、局所排気装置の設置、保護具の着用等の様々な「ばく露防止対策」が実施されています。ばく露防止対策を実効性のあるものにするためには、労働環境中の化学物質の濃度測定が欠かせません。
 本稿では、化学物質のうち、労働環境空気中に含まれる粒子状化学物質の測定の実際について、そして測定を行う際に問題となる点をご紹介します。

2.化学物質は空気中でどんな形で存在しているのか?


 空気中に化学物質が存在していれば、労働者は呼吸によって体に取り込む可能性がありますが、そのとき化学物質はどのように空気中に存在しているかを図解したのが図1です。化学物質が、空気の主成分である窒素や酸素と同じように気体であれば、空気中でも気体として窒素や酸素に混合した状態で存在しています。常温で液体の物質についても一部蒸発してやはり気体として空気に混合して存在します。身近な例としては液体の水が水蒸気として空気中に存在していることがあげられます。これらの気体状態の物質は、発生源からの距離等により濃度の違いはありますが、労働者が呼吸をする際の狭い範囲でみれば空気と化学物質は均質な混合物として存在しています。
 一方、蒸気圧の低い液体や固体の化学物質は、細かい粒子として空気中に浮かんだ状態で存在しています。粉じん、粒子状物質等と呼ばれています。簡単にいえば「埃」です。空気と化学物質が混ざって存在しているのは気体の場合と同じですが、ミクロの目でみれば、気体状化学物質と異なり均質ではありません。大きさと形をもった独立した存在として空気中に含まれています。詳しくは4項でご説明いたしますがこれが粒子状化学物質の測定・分析を難しくしている理由の一つです。
 「埃っぽい」という言葉からわかるように埃は目や鼻がむずがゆくなったり、のどがいがらっぽくなったりと実際に知覚できる存在です。ですが、埃っぽいと知覚できる粉じん濃度が高い職場環境以外にも粒子状の化学物質は存在しています。現実には目にもみえない、息をしても目や鼻がむずがゆくなったり、のどがいがらっぽくなったりすることのない、一見綺麗な空気であっても、健康に影響を与える量の化学物質が粒子として含まれている場合が多数あります。だからこそ、測定を行う必要があります。


図1 職場の空気の成分

3.粒子を集める


 粒子状の化学物質の濃度を測定するには、物質に応じた測定器を用いて分析します。多くの場合測定器は大きく、職場環境に持ち込めません。ですから職場の空気をサンプリングして化学物質を集めて、実験室に持ち帰ることになります。その際空気ごと持ち帰ることはできませんので、空気(気体成分)と粒子成分を分離し粒子成分のみを集めます。フィルターを使って空気から粒子成分を集めます。このとき、大切なのは、捕集した空気の量を正しく知ることです。何しろ知りたい量は空気中の化学物質の濃度です。集めた化学物質の量がわかってもそれがどれくらいの空気の中にはいっていたかわからなければ正しく濃度計算できません。ただ、空気の量を正しく把握するのは意外に難しいのです。測定時の温度や気圧に合わせてポンプを調整するのはもちろんですが、捕集している間もポンプの調整が必要です。気中粒子を集めるフィルターに粒子がたまってくると、空気が流れにくくなります。少し難しくいうとフィルターの前後の圧力差が大きくなってゆきます。最初に毎分20Lの空気を吸うようにポンプを調整していても測定終了時には毎分19Lしか吸っていなかったということが起きてしまいますので、流量計をみながら、常にポンプを調整する必要があります。最近の装置には自動調整機能が付いているものも多くありますがその場合でも、その調整機能が正しく動作しているか、捕集前と捕集後の両方でチェックする必要があります。

4.粒子には大きさと形がある


 さて、粒子を集めてくるときに大切なことは空気の量を正しく決めることだけではありません。粒子には「大きさ」があります。そして実はその大きさによって同じ成分からできた粒子でも健康影響が異なる場合があります。健康影響が異なる理由はいくつかありますが、一番大きな理由は粒子の大きさによって体のどこまで入ることができるか違うからです。図2は粒子の大きさとどこまで入るのかを示しています。人の呼吸器は複雑な形状をしています。鼻(あるいは口)から吸った空気はまず喉のところで大きく曲がり気管に入ります。気管はその先でまず2つにわかれ左右の肺に入ります。その後も気管は何段階も枝分かれしてその終点が肺胞です。鼻から肺胞まで空気は何度もその方向を変えますが、大きな粒子はその空気の流れに乗り切れず鼻や気管の壁にぶつかってしまいます。そうした粒子は鼻汁や痰として排出されますが、全部排出される訳ではなくかなりの部分は食道から胃の方にはいってゆきます。一方小さな粒子は肺胞まで到達し、そこで血液に入り込む物もあれば、肺胞にたまって肺の機能を蝕む物もあります。
 化学物質の体に与える影響は様々で、肺にまで入って初めて有害となる物質もあれば、気管への影響がある物質、鼻や口に付いただけで毒性を示すものもあります。そこで、化学物質の濃度を測定する場合もその対象となる粒子の大きさがきめられており、それぞれ鼻やのどで止まる吸引性(インハラブル)粉じん、のどをとおり気管まで到達する咽頭通過性(ソラシック)粉じん、肺胞まで到達する吸入性(レスピラブル)粉じんという名称があります。特定のサイズの気中粒子状物質を捕集するためには、目的とする大きさより大きな粒子をカットして特定の大きさ以下の粒子のみ捕集する専用の捕集器具を用います。図2左のグラフの各カーブは捕集器具を設計する際に用いる粒子の捕集効率を規定した国際規格です。同じ大きさでも重さが違えば呼吸器中の挙動が違うので粒子の比重で補正した大きさ(空気動力学径と呼びます)でグラフは描かれています。
 専用の捕集器具といっても実際に左図のカーブのような性能を維持するためには、捕集器具に流れる空気の速度や捕集器具の部品の調整を正しく行う必要があります。正しく調整されていても失敗する場合もあります。よくあるのは、職場の粉じん濃度が高すぎて、再飛散と呼ばれる現象が起きてしまうことです。再飛散というのは、大粒子を取り除く部品に粒子が溜まりすぎた結果、粒子が飛びだして分析用フィルターに到達してしまうことです。そこで、必要な量を確保しながら分析の妨害となる対象外の粒子まで集めてしまわないようにしなくてはならないのですが、それを正しく判断するためには気中粒子の濃度がわかっていないとできません、でも気中粒子の濃度がわからないから分析しているのです。ここが測定の難しいところで、現実には望ましいことではありませんが、測定者の経験や勘に依存している部分が残っています。
 粒子は大きさだけではなく形も様々です。図2は球形の、いわば理想の粒子の挙動を示しています。実際の粒子は、様々な形状をもっています。形状が球形から外れれば、それだけ挙動の予想が難しくなります。労働環境中に存在する粒子状物質は球状粒子であることはむしろまれで、多くは不定形です。さらに石綿(アスベスト)をはじめとした、長さと太さの比(アスペクト比)が大きい繊維状の粒子状物質も多数有り、これらを正しく測定することは非常に重要です。


図2 粉じん粒子の大きさと体のどこまで入るかの関係

 気中粒子の大きさの問題に関係する研究所の研究成果を一つご紹介いたします。現在、東日本大震災に伴う原子力発電所の事故による放射性セシウム汚染を取り除く除染作業が行われています。放射線による除染作業者への健康障害を防止するために、厚生労働省は、「東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止規則」(以下「除染電離則」とよびます。) を制定しました。除染電離則では、汚染土壌を除去する作業中に、放射性物質を含む土壌粉じんを吸い込むことによる被ばく(内部被ばく)を防止するために、除染対象の土壌の放射能の強さと作業によって発生する粉じんの濃度によって、作業のリスクを分類し、そのリスクに応じて使用するマスクや作業衣等の保護具を選定することとなっています。
 ここで問題となったのは粉じんの測定方法でした。トンネル工事など土石を扱う際に発生する粉じんは、「じん肺」という重い職業病を引き起こすことが知られており、測定法の研究も含めその対策は古くから行われてきました。土壌粉じんの濃度測定も「粉じん計」と呼ばれる広く普及した比較的安価な装置で実施可能です。ただし、「じん肺」という名前からわかるように、じん肺対策で問題になるのは肺胞にまで至る吸入性(レスピラブル)粉じんで、粉じん計も吸入性粉じんの測定を目的として設計されています。一方、放射性粉じんを吸うことによる内部被ばくは、肺だけではなく、気管や鼻でも起きえます、従って除染電離則による粉じん濃度測定は、「インハラブル粉じん」に対して実施する必要があります。
 そこで、私たち労働安全衛生総合研究所のメンバーは、厚生労働省の要請により、除染作業でどのような粉じんが発生するのか、除染作業で発生するインハラブル粉じんを粉じん計で測定可能かどうかを、福島県内の除染現場での現場調査(図3)と、より実験の制約が少ない非汚染場所での模擬作業について調べ、その結果を厚生労働省に報告しました。その結果は、除染電離則の改正に反映されました。


図3 除染作業における現場調査、丸印は作業者の体に付けた粉じん計

5.溶けるかどうかそれが大きな問題だ


 フィルターに集めた粒子は、分析装置で測定を行います。多くの分析装置は、分析を行うにあたって試料を液体か気体の状態にする必要があります。粒子状物質の場合は、酸・アルカリ等の薬品を用い、必要に応じ熱も加えて粒子を分解し水溶液にする操作(前処理)を行います。この前処理の条件についても、測定対象物質・共存物質によって最適化する必要があります。粒子によっては、完全に溶液化するためには、強力な薬品や高温の条件で反応をさせる必要がある場合があります。ですが、粒子を完全に溶かしたとしても、分析の対象物質を壊しては元も子もありませんので、粒子全体では溶け残りがあっても、測定対象物質を定量的に分析装置に導入する条件を探すことになります。あるいは、フィルター上の粒子を溶かさずに分析するという方法も考えられます。気中粒子のうち、重金属については、X線を用いた蛍光X線分析法という分析法があり、近年装置の高性能化が進み、労働環境中の気中分析にも使用できる可能性がでてきました。当研究所でも2年前に新型の蛍光X線分析装置を導入し、実際の労働環境中の気中粒子分析に適用可能かどうか、適用する場合にはどのような点に注意すべきかについて研究を行っています。
 溶ける・溶けないについてはもう一つ問題があります。前項で粒子の大きさにより健康影響が異なることを紹介しましたが、物質によっては体内での溶解性によって異なる健康影響を示す場合があります。血液に溶けて全身に運ばれることで毒性を示す物質もあれば、逆に溶けずに肺等の臓器に残り続けることで、その臓器を傷つける物質もあります。この場合、気中粒子の分析も、酸・アルカリなどの強力な薬品を使って溶解するのではなく、体内の条件に近い、37℃で中性を保った条件で処理し、その条件で溶けるものと溶けないものに分離してそれぞれ分析する必要があります。ただし、体内の状態により近い条件にするための溶解液についても、単純な生理食塩水からタンパク質を加えたものまで様々な提案があり、どのようにしてより体内に近い状態を実現するのかについてはまだ研究途上にあります。
 この点に関する私たちの研究成果を一つご紹介いたします。表1は、イットリウムという金属の酸化物が、肺の内部を模した環境でどのように溶解するのかを調べた結果です。イットリウムはレアメタル材料の一種です。この実験は、およそ10年前、レアメタルの産業利用が急拡大すると予想されたため、予めレアメタルを取り扱う労働者の健康影響に関する基礎的情報を得る目的で実施した研究の一部です。
 実験の結果、酸化イットリウムは、肺の中の環境では純水に比べ数百倍良く溶けるということ。また、条件によっては主成分のイットリウムよりも不純物として含まれるネオジムという別のレアメタルがより多く溶け出してくることなどがわかりました。この結果は学術論文として公表され、レアメタルの健康影響を調べる動物実験の結果解析に使われています。仮に将来レアメタル粒子の気中濃度を測定する必要が出てきたときにもこの結果は、重要な情報となり得ると考えています。

表1 酸化イットリウム(レアメタル材料の一種)の溶解実験

6.おわりに


 本稿では、粒子状物質の分析が一筋縄ではいかない事をご紹介しました。私たちは、より確実に、そしてより簡単・より早く化学物質の濃度を知ることができる方法を研究しています。まだまだまだ遠い道のりですが、労働者が作業中常時装備可能な小型の装置で、瞬時に化学物質の濃度を正しく知ることができるという理想を目指しています。

(環境計測管理研究グループ上席研究員 鷹屋光俊)

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