労働安全衛生総合研究所

タブレット端末を用いた建設作業者向けの安全教材の開発

1.はじめに


 みなさんは普段,街で建設現場を見かけた時,「あんなに高いところで作業して危ないな」,「クレーンが倒れてきそうで危ないな」などと思ったことはありませんか?
 これまで,企業や行政の労働災害防止への様々な取組の成果により,建設業の労働災害は長い目でみると減少傾向にありますが,依然として,毎年数多くの方が被災しています.
 厚生労働省が公表している労働災害発生状況のデータ1)によると,平成24年の休業4日以上の死傷災害は全産業で119,576人であり,このうち,建設業の死傷者数は17,073人(全産業の14.3%)で,業種別では製造業に次いで2番目の多さです.一方,死亡者数だけを見ると,平成24年の全産業の死亡者数は1,093人であり,このうち,建設業の死亡者数は367人と業種別では最多となっています.割合も全産業の実に33.6%を占めており,建設業では重篤度の高い災害が特に目立つことがわかります.また,建設業では平成24年の休業4日以上の死傷災害の人数が前年を上回ったことも問題です.
 このため,今年度からスタートした厚生労働省の第12次労働災害防止計画(計画年度:平成25年度-29年度)では,建設業は「重篤度の高い労働災害を減少させるための重点業種」に指定され,重点的に労働災害防止対策を講じることが示されています.
 第12次労働災害防止計画では,講ずべき施策の一つにリスクアセスメント(事業者が作業環境の危険源を同定し,リスクを評価し,低減策を講じること)の普及促進が掲げられています.
 平成17年に労働安全衛生法が改正され,リスクアセスメントが努力義務化されて以来,建設業でもその導入が積極的に推進されてきました.しかしながら,建設現場は作業の進捗により作業環境が刻一刻と変化する,多数の専門工事業者が入れ替わり現場に入場してくるなど,他の産業と比べ作業環境などのリスクを受け入れ可能なレベルまで低減させることは難しい現状があります.このため,作業者自身が安全に対する意識を高め,決められた安全ルールを遵守することなどに努めることがより重要となります.
 こうした中,数多くの建設現場では,作業開始前に同じ作業を行う作業グループごとにKY(危険予知)活動が行われています.KY活動は,現場の状況により比較的自由に実施方法を変えられるものではありますが,多くの場合,その日の作業における危険ポイントを指摘し,それらの対処行動を考えるというものです.この活動は作業者が作業上の危険要因を積極的に見つけようとする活動であるため,危険感受性を高めるもので推奨されるべき活動です.
 しかし,例えば,低層住宅(おおむね高さ10m以下の住宅)建築工事の現場をみると,
・一人作業となる場合が少なくなく,効果的なKY活動の実施が困難.
・作業現場が各地に点在するため,管理者がKY活動の実施状況を十分に把握できない.
などの問題が見受けられます.
 こうした問題を解決するために,私たちは手軽に持ち運べるタブレット端末を用いて,作業者が一人でも実施可能で,かつ,管理者が遠隔地にいても実施状況を把握できる安全教材を作成することとしました.

2.タブレット端末を用いた建設作業者向けの安全教材の作成


 タブレット端末を用いてKYを行う場合には,タブレット端末の画面上に作業場面の画像を1枚提示して,利用者に危ないところを指摘(タッチ)してもらい,それが正解か不正解かをフィードバックする方法が考えられます.
 建設現場の危険要因には開口部や段差のような作業環境内の不安全状態と,作業者が設備や道具を誤った方法で使用してしまうような不安全行動があり,作業者は両者について正しい知識を持たなければなりません.このため,KYの教材としては,不安全状態と不安全行動の両方の危険予知ができる必要があります.
 不安全状態のKYを行う場合は,例えば,作業環境の中から養生のされていない開口部や段差を見つけ,指摘(タッチ)できればよいので,前述のタブレット端末を用いたKYの方法が適用可能だと考えられます.
 しかし,作業者が設備や道具を誤った方法で使用しているような不安全行動のKYを行う場合は,この方法ではうまくいかないおそれがあります.それは,たとえ教材の利用者が提示された作業場面のどこが危ないのかがわからなくても,「作業者が出てきたから,きっとこの人が危ないことをしているんだな」と安易に考えて画面上の作業者を指摘(タッチ)し,正解となってしまうケースがあり得るからです.それでは安全教材として成り立ちません.
 そこで,私たちは安全教材を図1のような仕組みにしました.まず,作業の状況を簡単な文章で示した後(図1の「状況説明」),作業の様子を示す画像を4枚提示します(図1の「問題」).1枚は危険要因を含む画像,残りの3枚は危険要因を含まない画像にします.利用者にこれら4枚の画像から危険要因を含む画像1枚を選んでタッチもらい,その後,正誤と解説を提示する(図1の「解説」)というものです.


図1 建設作業者向け安全教材のイメージ 

 安全教材の題材は,低層住宅建築工事現場で災害が多発している作業の中から,外部足場上の作業,脚立上の作業,電動丸のこによる作業,自動釘打ち機による作業の4作業を選定しました.これらの作業について,大手ハウスメーカー14社の労務安全管理担当者の方々の協力を得て典型的な危険要因の抽出を行い,それに基づいて安全教材に組み込む画像を作成しました.
 

3.安全教材の教育訓練効果の検証


 安全教材の有効性を検討するには,その教育訓練効果を評価する必要があります.
 私たちはまず,繰り返し実施することにより危険要因を理解できるようになるかということ,すなわち「教育内容の理解」を教育訓練効果の指標として検証することとしました.
 また,建設作業者の年齢や実務経験年数は様々ですので,すべての作業者に一律の教育訓練を実施してよいかという問題もあります.
 そこで,今回は年齢に着目し,安全教材による教育訓練を繰り返し行うことにより,年齢の違いが教育訓練効果に影響を及ぼすかということについて検討することとしました.
 図2は作業者を対象とした実験風景です.  


図2 作業者を対象とした実験風景

 その結果,この安全教材を用いて繰り返し教育訓練を受けることにより,次のことなどが明らかとなりました.
  1. 年齢(若年層・中年層・高年齢層)にかかわらずほとんどの作業で正答率が有意に上昇しました.このことから,教育内容の理解の点において教育訓練効果が認められました.
  2. ただし,高年齢作業者は他の年齢層(若年層・中年層)ほど正答率が上昇せず,高年齢作業者向けに改良する必要があることが示唆されました.

4.おわりに


 以上のように,今回の実験結果から,作成した安全教材は教育内容の理解の点において教育訓練効果があることが示されました.今後は,今回明らかになった課題を基に,高年齢作業者向けに安全教材の改良を計画しています.
 また,安全教育の最終目的は,建設現場の危険要因を理解できるだけでなく,作業者が現場で安全な行動をとるようになり,労働災害を減少させることです.
 引き続き,安全教育により,その前後で不安全行動が減少するかといった別の指標による教育訓練効果の検証を進めていきたいと考えています.

(人間工学・リスク管理研究グループ 任期付研究員 高橋明子)


(参考資料)
1)厚生労働省,労働災害発生状況:
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei11/rousai-hassei/

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