静電気研究への新たなアプローチ
1.はじめに
冬になると、オフィスの椅子から立ち上がって、ドアノブに手をかけたときに「バチッ」という音と共に電撃を受けて「イタッ」という声を上げる経験は誰にでもあると思います。「いま、光った!」と周囲にその状況を伝えたりして、「この時期は静電気がいやだなぁ」などと思うことは日常です。「静電気は乾燥していると起きやすい」、あるいは「化学繊維のセーターは静電気がひどい」など、いろいろな経験を皆様お持ちかと思います。
静電気が関与した災害を知るには、詳しい内容が記載された災害事例データベースを調べなければなりませんが、総務省消防庁編集による最新の火災年報(平成21年)によると、静電気の放電(静電スパーク)が着火源となった火災や爆発などの災害は年間で75件発生しています。また、厚生労働省の公表する最新(平成21年)の労働災害(死亡・休業4日以上)データベースによると、およそ1/4を無作為抽出した個別事例の中で、1年間を通して静電気の放電が関与もしくはその可能性が高いとされた爆発や火災等の災害が6件(つまり年間推定20件以上)あります。多くは火傷ですみますが、時にはタンク内で炎に包まれたり、爆発で吹き飛ばされたりというような痛ましい災害も起きています。「静電気が爆発の着火源になるなんて!」とお思いの皆様も多いことでしょう。私もこの分野の研究に取り組むようになるまでは、タンカー火災が静電気の放電によって起こるという話は本当だろうか?と思っていました。
ちょっとキッチンでガスコンロに点火するときのことを思い出してみてください。ボタンを押すとパチパチという音と共によく見ると小さな光の筋が出て、ガスに着火しています。あの光の筋は、まさにドアノブと指先の間で起こる静電気の放電と同じものなのです。つまり条件がそろえば、静電気の放電が起こると可燃性ガスに着火するのです。
冒頭で取り上げた例をもう一度考えてみましょう。椅子から立ち上がると静電気が発生し、人体が静電気を帯びます。ドアノブに触れる直前に放電が起きて光や音を発してエネルギーを放出します。そこに可燃性ガスがあって、空気と適当な濃度で混合して爆発性雰囲気が形成されていれば、爆発が生じる可能性があります。セルフ式のガソリンスタンドで給油する際には、シートから立ち上がった運転手は帯電除去シートに触れて除電しなければ大変危険であることが納得できると思います。
2.静電気による災害を防ぐための研究
さて、ここで述べている「静電気が発生した」ということをもう少し詳しく説明しますと、二つの物体の接触や摩擦によって,一方がプラスの電気,もう一方がマイナスの電気を帯び、その電気が物体の表面などに蓄えられた状態のことです。また、その電気現象の根元となる実体のことを(プラスやマイナスの)電荷といいます。蓄積した電荷が放電すると、爆発・火災を引き起こします。放電の発生までを順に追っていきますと、以下(図1)のようになると考えられています。
図1 静電気の発生から放電までのプロセス
1 の物体間の接触・摩擦 は労働・経済活動に付随するものなので、完全になくすことはできません。したがって、静電気による災害の根絶を目指すには、その後のプロセスを詳しく研究し、放電の発生に至らないようにする必要があります。当研究所では、そのために、例えば以下のような研究を実施してきました。
- 静電気除去装置(イオナイザー)で 2 電荷の分離 で発生した電荷を中和して 3 電荷の蓄積 をなくす方法
- 5 の放電 の規模を推定し、着火に至るか否かを判定する方法の確立
- 1 の物体間の接触・摩擦の機構を詳しく調べ、 2 電荷の分離を正しく計測し、2 と 3 電荷の蓄積の間にある電荷の逆流現象である「マイクロギャップ放電」(今のところ着火性はないと推定されている)の寄与を研究して 3 電荷の蓄積を阻止する取組
図2 真空中での摩擦実験装置の概略図
3.予測が難しい静電気による災害
摩擦から爆発までのプロセスがこれほどに見えているならば災害防止は比較的簡単だと思われるかもしれませんが、実は、全ての個々のプロセスが含む「不確実性」が問題を複雑かつ難解にしています。不確実性を具体的に言えば、3 電荷の蓄積 が放電に充分な量に達したからといって、必ずしも 5 放電 が起きるとは限らない、あるいは、爆発性雰囲気の中で 5 放電 が起きたからといって、必ずしも爆発・火災が発生するとは限らない、といったことです。気体中での放電現象はそれ自体が電子・分子・原子(および放射する光も!)のすべてが関係する複雑な反応から成り立っており、厳密な物理法則を得難い現象です。また、着火するか否かについては、放電エネルギーによってその周辺の物質が不安定で反応性が高い状態に変化し,それが酸化の爆発的連鎖反応を引き起こすかどうかですから、確率的な要素があります。つまり、爆発が起きたときに、その着火源としての放電の発生を推定できることはあるのですが、爆発が起きる前は、必ずしも放電の発生を確認できるとは限らないため、「ヒヤリ・ハット」につながるような体験を得難いのです。全く同じ作業をしていながら、ある日突然に災害が引き起こされる、という点が静電気による災害の最も怖いところです。 したがって、静電気による爆発火災災害の防止には、先に述べたような放電の発生を防止する研究を基にして、各種作業時の放電の発生確率を減少させていくことが大切になります。
4.さいごに
5 の 放電 は、例えるならばダムの決壊のようなものです。水は分離した電荷、水量は蓄積、水位は電圧に例えることができます。適宜放水して水位を下げて水量も減らすことで決壊を防ぐこと、そして、ダムに流れ込む水量と放水量のバランスをとって安全を確保することが大切です。物体間の摩擦で発生する静電気を可能な限り下げる研究は静電気による災害の根絶のために大きく寄与できると思います。摩擦の結果発生する静電気には、物体の接触面での電荷の移動(分離)によるものの他、マイクロギャップ放電による緩和が寄与していることはわかっています。これを系統的かつ定量的に調べ労働安全に役立つようにするため、積極的に取り組んでいきたいと考えています。
参考資料:厚生労働省、労働災害(死傷)データベース
http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pgm/SHISYO_FND.aspx
(電気安全研究グループ 任期付研究員 三浦 崇)