労働安全衛生総合研究所

今日からできるセルフケアによるストレスへの気づき

1.はじめに


 職場のメンタルヘルス対策においては、職場のストレス発生源自体を見直す職場環境の改善のほか、労働者が自らのストレスに気づき、これに対処すること(セルフケア)もたいへん重要視されています*1。セルフケアの技法は、ストレス症状の低減に即効性があり、これまで最も多く効果の研究がなされているという点からもわかるように、魅力的な方法です。また、この技法は自分自身をうまく扱う方法ともいうべきものなので、個人の生産性向上にも直接役立つと期待されており、メンタルヘルス対策だけにとらわれない側面も持っています。

 私はこれまで、職場でのセルフケア技法についての効果研究や科学的根拠に基づいたガイドライン作成に携わってきており、その有効性を目の当たりにしてきました。例えば、医療系労働者へのリラクセーショントレーニングが、気分や免疫機能の改善に有効であった研究や、睡眠問題を持つ労働者へのインターネットによるセルフヘルププログラムの提供により、睡眠の質が改善した研究などです。

 こうしたセルフケア技法は科学的な検証を受けてたくさん出てきているのですが、まだまだその情報が必要な人に届いていないという現状があります。日々抱えているストレスを少しでも解消できるように、多くの働いている方々にそうしたセルフケアの方法をお伝えすることができればと思います。そこで本コラムでは、自分のストレスに気づく機会を増やせるように、最先端のセルフケアに関する情報の中から「今日から使える知識」を紹介してみたいと思います。

2.認知行動療法


 これまでの研究をまとめた結果、働く人のセルフケアの中で最も効果的な方法は、認知行動療法に基づいたものであることが分かっています。最近はテレビなどでもよく紹介されるようになってきたので、名前を聞いたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 認知行動療法とはどんなものかについて、ちょっと堅苦しい説明になりますが厚生労働省のWebサイトに掲載されているマニュアル*2から引用してみます。

“人間の気分や行動が認知のあり方(ものの考え方や受け取り方)の影響を受けることから認知の偏りを修正し、問題解決を手助けすることによって精神疾患を治療することを目的とした構造化された精神療法” (p.2)

 簡単に言うと、色々な方法を使ってストレスを溜めこむような考え方や行動を変えていこう、というものです。元々はうつ病等の治療のため開発されましたが、現在では、生活習慣改善や不眠への対処、日頃のストレス対処など幅広い問題に対して使われています。また、自分でこれを行うための本もいくつか出ており、セルフケアに用いやすい方法です。

 認知行動療法では認知のあり方や行動を変えていくために様々な方法が用意されています。最初に行うことは、自分が感じているストレスの問題を漠然とではなく、正確に理解することです。つまり、ストレスの地図のようなものを描くような作業です。これが身につくとストレスへの気づきも容易になり、対策も立てやすくなります。



 上の図をご覧ください。これはストレスを感じている時に、その内容がどういう領域に分けられるかを示したものです。まず、個人が置かれている「環境(状況、変化などの出来事も含む)」があり、その中において、「身体反応」、「感情」、「行動」、「思考(考え、イメージ、記憶)」といった領域があります。まずはこれらの区別をしっかりつけることが大切です。そのために、図に示されているように領域ごとに該当する内容を書き出してみましょう。

 この中でストレス改善に特に役立つのが「思考」の部分です。この「思考」は普段意識せずに自動的に頭の中を流れていくものなので、「自動思考」とよばれたりもします。この「自動思考」によって、身体反応や感情、行動が影響を受け、ストレス症状として現れてきます。したがって、いかに「自動思考」をとらえて、バランスよくそれと向き合えるかが、ストレスへの気づきの重要なポイントになります。

 特に、最初は「思考」と「感情」が混ざってしまい区別をつけにくい方もいらっしゃるかもしれませんが、別々に書き出すようにすることが大切です。分かりやすく言うと「思考」は文章で、「感情」は一言で言い表せる言葉になります。

 それぞれの領域が矢印で結ばれているのは、これらがお互いに関係し合っていることを示しています。つまり、どれかが良くなれば他の領域も良くなるし、逆にどれかが悪くなれば他の領域も悪くなり、ストレスの度合いが高まるということになります。

 認知行動療法では、ストレスの領域の中でも特に、自分で何とか変化を起こせそうな「思考」と「行動」に着目し、これらを適応的になるように検討し、ストレス改善を目指します。もっと詳しいやり方はここでは紹介しきれないので、先ほど紹介したマニュアル*2や、市販されている認知行動療法の本などを参照してみてください。

3.まとめ


 本コラムで紹介した、ストレスを領域別に分けてとらえる方法は、まだ認知行動療法の最初の一歩にすぎません。しかし少なくとも自らが感じるストレス問題への地図のようなものができあがります。これだけでもストレスの気づきへは大きく前進することでしょう。

 私は現在研究所において、様々な職場ストレス調査を通し、どういう環境でどういった方がストレスに悩まされているかの解明とその対策法について研究しております。今後は、ここで紹介したような認知行動療法の最新の知見を取り入れたセルフケアプログラムや、それに加えストレス源自体にアプローチする職場環境改善と一体となって展開させる方法などの対策法について研究を進めたいと考えています。これにより,働く人のメンタルヘルス不調や自殺などの予防に貢献できればと思います。

 *1 労働政策審議会建議「今後の職場における安全衛生対策について」

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000zafy.html

 *2 「うつ病の認知療法・認知行動療法治療者用マニュアル」 厚生労働省 心の健康

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/
※うつ病の患者さんのための資料も掲載されておりますが、セルフケアのための認知行動療法の自習にも役立ちます


(作業条件適応研究グループ 任期付研究員 土屋 政雄)

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