労働安全衛生総合研究所

トンネル建設工事中の落石による労働災害(2)
—落石発生のメカニズムとその労働災害防止対策—

 前回のコラムでは、トンネル建設工事において、切羽での装薬や支保工建込といった作業中に労働者が落石により被災することが多いことを説明しました。
 今回のコラムでは、トンネルの切羽において、「なぜ落石が発生するのか」、「落石による労働災害を防止するためにはどうすればよいのか」について、御紹介したいと思います。

1.落石発生のメカニズム


 落石はなぜ切羽において多く発生するのでしょうか?
 岩盤には、重力によりその上の岩盤の重みが加わっています。切羽において、岩盤を掘削すると、今までそこにあった岩盤が除去されるため、その上にある岩盤は支えを失い、亀裂が拡がるなど、岩盤が不安定になります。岩盤はお互いに支え合う応力状態にあるため、一方が失われると、応力の解放が生じます。そのため、切羽において何ら対策を講じていない場合、掘削前まで岩盤を支えていた応力が解放されて落石に至ることがあります。

 それに加えて、当研究所で現在遂行している解析や実験等から、発破により岩盤に作用していた応力がさらに解放されることがわかってきました。

図-1:個別要素法によるトンネル発破シミュレーション
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 図-1は、個別要素法を用いた解析を示しています。個別要素法は、1つの球を要素とし、接触した要素間の力や変位のやりとりを運動方程式により解く方法です。この解析では、1つの球を岩盤と見立て、岩盤間には結合力を作用させ、トンネルの縦断面を作製しました。黄色の球は岩盤を示し、赤色の球はトンネルの切羽と鋼製支保工を表現するためより強い結合力を持たせた部分を示しています。
 トンネルの切羽において、球状の壁が膨張、収縮することにより簡易的に発破を表現しています「こちらをクリック」(動画1を再生)。実際の発破では、ガスの膨張による作用と衝撃波の作用があるのに対して、この解析ではガスの膨張のみを取り扱っています。解析では、おおよそ0.08秒間に球状の壁が膨張、収縮します。
 このときの岩盤間に発生している力の分布を示すこともできます「こちらをクリック」(動画2を再生)。圧縮力を黒色で、引張力を赤色で、その大きさを線の太さで示しています。この結果から、発破後には岩盤間で引張力(赤色)が増加しています。また、その引張力は、時間が経過しても消失することなく、継続して作用していることがわかります。そのため、岩盤に作用する応力はより解放され、重力とのバランスが失われて落石に至るものと考えられます。

 解析だけでなく、実験でもそれらのことを明らかにするため、当研究所所有の遠心力載荷装置を用いた模型実験を実施しています「こちらをクリック」(動画3を再生)。この実験は、トンネルの縦断面を土槽内に作製し、トンネルの切羽に設置したゴム球の急激な膨張、収縮により、簡易的に発破を模擬したものです。切羽の周囲に設置した圧力を計測する機器により、発破後に応力の解放が計測されました。

2.落石による労働災害防止対策


 それでは、どのようにすれば、応力の解放を防ぐことができるのでしょうか?
 応力の解放を防ぐ方法として、施工業者、関係機関等が、積極的に多くの補助工法を技術開発し、普及させています。以下に主なものを示したいと思います。

○鏡吹付(かがみふきつけ)
 切羽にコンクリートを吹き付け、応力の解放を低減させるものです。また、切羽をコンクリートで覆うため、岩盤に新たな亀裂が入ると、コンクリートにも亀裂が発生するので、落石の危険性のある箇所を早期に発見できるという利点もあります。

○鏡ボルト
 切羽にボルトを打ち込み、ボルトを打ち込むことやボルト間の摩擦により圧縮力を作用させ、切羽を安定化させるものです。

○フォアパイリング・フォアポーリング
 切羽の天井部分からトンネルの掘削方向に向かって鋼管を打ち込んだりセメントを打設したりするもので、主に切羽の天井からの落石を防ぐためのものです。
 
 その他にも、発破後に不安定な岩塊をブレーカ等であらかじめ落とす作業や労働者の保護具着用も必要です。
 これらの対策の中でも、鏡吹付は、施工性や経済性を考慮すると、現在では最適な災害防止対策だと思われます。ただし、切羽が湧水で湿気を帯びている時には、コンクリートと岩盤がよく付着しないため、事前に切羽の前方に穴を開け、水を抜く作業も必要になることがあります。
 また、鏡吹付だけでは、切羽を完全に安定化させることが難しいため、照明を用いて十分に明るくした状態で切羽の変状を監視し、新たな亀裂が発見されれば、すぐに労働者を退避させるなど、二重の災害防止対策が効果的です。

3.まとめ


 このように、トンネル建設工事中の落石発生のメカニズムを明らかにし、有効な災害防止対策を提案するため、災害調査分析、実験、解析と一連の流れで研究を遂行しています。
 現在、このような調査研究成果を行政施策等に反映させるべく、関連業界や厚生労働省とも積極的に連携しながら業務に励んでいます。

(建設安全研究グループ 任期付研究員 吉川 直孝)

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