労働安全衛生総合研究所

トンネル建設工事中の落石による労働災害(1)
-トンネルの掘削と落石について-

 われわれの生活基盤のうち、移動手段として地下鉄、新幹線や高速道路は欠かせませんが、これらを建設する際にトンネルが必要となることがしばしばあります。
 本コラムでは、近年のトンネルはどのようにして建設されているのか、建設時にどのような労働災害が発生しているのか、御紹介したいと思います。

1.トンネルの掘削


 山岳を貫く新幹線などの鉄道トンネルや高速道路などの道路トンネルは、ナトム(NATM)と呼ばれる工法によって建設されます。ナトム工法は、1964年にオーストリアのラブセビッツ教授によって提唱された工法で、掘削後のトンネルの内面に速やかにコンクリートを吹き付け固め、掘削後のトンネルを安定させるというものです。これにより、トンネル周辺の地盤の緩みを最小限に抑えることができます。
 砂場でトンネルを掘って、円筒状に丸めた紙をトンネルと密着させると、トンネルが比較的よく安定します。紙が吹付コンクリートと同じ役割を果たしているからです。 現在の半数以上のトンネルが、ナトム工法により建設されています。最近話題になっている中央リニア新幹線のトンネルもナトム工法により建設される予定です。
 この工法により、トンネル建設工事中の労働災害は劇的に減少しました。図-1の死亡者数の推移を見ると、1978年度以降、鉄道トンネルが完全にナトム工法に移行し、死亡者数が劇的に減少していることがわかります。また、1980年に労働安全衛生法が一部改正され、3000m以上のトンネルについては、労働大臣(現 厚生労働大臣)への計画の届出および審査が必要になりました。このことも労働災害を減らすことに寄与しました。
 ナトム工法は、トンネル内の空洞を安定化させるために有効な工法ですが、掘削方法は特に限定されていません。そのため、爆薬を用いて掘削(専門的には「発破」といいます。)している現場が6割以上あります。また、ブレーカ、ツインヘッダ、ブームヘッダと呼ばれる機械を用いて掘削する現場がおおよそ2割程度あります(写真-1参照)。その他、地山に応じて、発破と機械を使い分ける現場もあります。






 地下鉄や都市域の道路トンネルですと、シールド機(写真-2)と呼ばれる大型機械で建設されることもあります。東京湾を横断した東京湾アクアラインは、なんと直径14.14mものシールド機で建設されました。
 シールド機は、とても画期的なもので、前面ではトンネルを掘削しながら、後方では、セグメントと呼ばれる厚いコンクリート壁で周面を覆い、トンネルを建設していきます。この機械の利点は、労働者がトンネルの掘削面(専門的には「切羽(きりは)」といいます。)に近づかなくてもトンネルが掘れるということです。それにより、切羽での落石による災害は、ほぼゼロになっています。
 ただ、シールド機は大変高価なため、その利用割合は、現在建設中のトンネルの2割程度にとどまっています。



2.落石による労働災害


 こうした長年に渡る様々な工法の開発・普及により、トンネルは安全に建設されるようになってきました。それでは、トンネル建設工事中の災害は、なくなったのでしょうか?実は、未だに災害が発生しており、労働者は不安を感じつつ作業に従事しています。

 先ほど、ナトム工法では、爆薬による掘削(発破)を行っている現場がおよそ6割以上あることを述べました。
 爆薬は、現在までに改良が進み、より安全に使用できるものへと変わってきました。したがって、発破による事故はほとんどなくなりました。問題は、発破の前に爆薬を切羽に装填する「装薬」と呼ばれる作業にあります(写真-3参照)。
 この作業は、ドリルジャンボという機械で切羽に穴をあける作業の後に行うもので、労働者が切羽で作業しなければならず、その時に落石(専門的には「肌落ち(はだおち)」といいます。)により、労働者が被災してしまうことがあります。



 また、鋼製支保工をトンネル周面に設置する「支保工建込(しほこうたてこみ)」と呼ばれる作業中でも落石により労働者が被災してしまうことがあります(写真-4参照)。



 図-2は、落石により死傷した災害を作業内容ごとにまとめ、それぞれの占める割合を示した円グラフです。装薬や支保工建込といった作業中に、落石(肌落ち)災害が発生していることがわかります。それは、労働者が切羽に近づかなければならないからです。



 それでは、なぜ落石が発生するのでしょうか?また、その労働災害を防止するにはどうしたらよいのでしょうか?
 次回は、トンネルの切羽での落石の発生メカニズム、労働災害防止対策についてお話したいと思います。

(建設安全研究グループ 任期付研究員 吉川 直孝)

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