静電気ショック!感じやすい人・感じにくい人
—静電気と靴の話—
1.はじめに
これから寒く乾燥した季節になると身の回りにも静電気がよく発生します。車から降りてドアを閉めようと取っ手に触れた瞬間にビリッとショックを受けた経験は誰にもあるでしょう。しかし,静電気のショックに敏感な人もいれば,ほとんどショック感じない人もいます。なぜ人によってこのような差があるのでしょうか。実は,体質による個人差ではなく,体にたまっている静電気の量に違いがあるのです。その違いはどこからくるのでしょうか,対策はあるのでしょうか。それが今回のテーマです。
2.静電気の発生と人体帯電のメカニズム
不快なショックをもたらす静電気は衣服と何物かの摩擦で生じます。この何物かは,車であればシートであり,冬着であればオーバーコートです。密着しているときは何でもありませんが,シートから腰を浮かしたり,オーバーコートを脱ぎ捨てた瞬間に着衣に静電気が発生します。これを摩擦帯電とかはくり帯電と呼びます。空気が乾燥しているほど静電気の発生量は増えます。
さて,静電気をためこんでいるのは衣服なのに,なぜ人体も帯電してしまうのでしょうか。これは静電誘導と呼ばれる現象によるものです。静電誘導は,金属や水道水のように電気を通しやすいもの(これを導体といいます。身体も導体です。)のそばに静電気を持った物体が接近すると,導体内部の電荷(プラスとマイナスがあります。)が物体周辺に形成された電界によって移動し,接地(アース)されていないときには電位が上昇してしまう現象です。帯電した人体が金属に触れると(本当は,触れる直前に)電気火花が発生してショックを受けます。静電誘導は一般の人には理解しにくいと思います。実は,電気の専門家でも痛い目に遭わないと実感がわかないものなのです。
3.ショック対策 - 帯電防止するには,帯電してしまったら
静電気のショックは瞬間的(百万分の1秒以内)に大きな電流(数mA)が人体を通過することで生じます。逆に,小さい電流(0.1 mA以下)で時間をかけて流せばショックを感じることはありません。静電気をゆっくり流すためには電路の抵抗を大きくすればよいのですが,大きすぎても静電気がなくなるまで時間がかかりすぎることになります。どの程度が適切かというと,106・08Ωです。ずいぶん大きな値と思われるかもしれませんが,これでショックを受けることなく速やかに(0.1秒以内)に静電気は消滅します。したがって,靴底の抵抗がこの値であれば人体の帯電を防止することができますが,一般の靴では靴底の材質によって抵抗は大きく異なります。例えば,天然ゴムやクロロプレンゴム系では1012Ωを超え,逆に,ポリウレタンエステルやニトリルゴム系では106Ω以下になりやすくなります。したがって,前者の靴を履いた人はビリビリとショックを受けますが,後者の靴を履いた人は平気でいられます。
慣 もし,不幸にして強力に帯電してしまったらどうすればいいでしょうか。ポケットに革製の財布や手袋があれば,それを手に持ってドアノブなどの金属体に一瞬タッチすれば大丈夫です。皮革の抵抗は108Ω程度なのでショックを感じることなく静電気を逃がすことができます。革製品がなかったらコンクリートや木製の壁に数秒間手を触れてもよいでしょう。なお,セルフ式ガソリンスタンドにはタッチシートが設けられていますが,これもショックを感じることなく静電気を逃がすように抵抗が調整されています。
4.静電靴って何?
可燃性物質を大量に使用する生産現場では,作業員が静電気を帯びて放電すると,単にショックを受けるだけにとどまらず,爆発や火災を引き起こすこともあります。そのような現場で必須のアイテムが静電気帯電防止靴,略して静電靴です。これには規格(JIS T 8103)があって,一般静電靴と特種静電靴の二種類が規定されています。靴底の抵抗はそれぞれ105・08Ω及び105・07Ωです。特種静電靴の方が上限が1桁小さくなっていますが,これは人体の電位を極力小さくして人体からの放電を絶対に起こさせないためです。
特種静電靴は,水素,アセチレンなど極めて着火エネルギーの低い(鋭感な)物質が存在する場所,一般静電靴はその他の可燃性物質が存在する場所で使用します。特種静電靴を一般静電靴の代わりに使用しても問題ありません。一方,抵抗が105Ω未満になると工場内の低電圧電路で感電死するおそれがあります。たとえば,400Vの電路に誤って触れた場合,靴の抵抗が105Ωであれば最大4 mAが,104Ωであれば最大40 mAが身体に流れます。前者ではなんとか電路から離れることが可能ですが,後者であれば筋肉が収縮したままとなって電路から離れることができず,やがて心臓が小刻みに震えて血液を身体に送ることができなくなる心室細動という状態に至って死亡します。このように,静電靴の抵抗の上限及び下限はそれぞれ重要な意味を持っているのです。工場などにおいては,この限界内に維持されているか,簡便な測定器を用いて始業前にチェックする体制をつくっておくことが推奨されます。
なお,感電して電路から離れられない人がいたときには,救助しようとして不用意に手を触れると救助者も感電するおそれがあります。このような場合は,すぐにブレーカーを落として電力を遮断するか,被災者を足で蹴って電路から引き離してください。もし,意識がなかったら,直ちに救急車を呼ぶとともに,除細動器(AED)を使って蘇生措置を施さなければなりません。
5.床の抵抗も重要
化学工場など厳格な着火源管理が必要とされるところでは導電性素材を使って床の抵抗をコントロールしていますが,一般的な場所でもコンクリート,土,石材,木材などの天然素材の床ならば問題ありません。ただし,養生のためにビニールシートなどの絶縁性のものを敷いて作業すると帯電防止効果が失われるので注意が必要です。養生が必要なときは麻布や帯電防止マットなどの導電性のあるものを使用しましょう。
6.おわりに
体質によって静電気を帯びやすいということはなく,多くの場合,靴及び床の抵抗によって決まります。可燃性物質を扱う工場等では静電靴の着用を励行すると同時に床の抵抗の管理が必須となります。
一般の方でふだんの生活で静電気ショックを受けやすいと感じる場合は,靴底の材質を確認してみたらよいでしょう。この際にふんぱつして革底の靴に代えるのもよいかも。日本人なら下駄や雪駄も風流かつ帯電防止になります。ちょっと冷えるかもしれませんが...。
(電気安全研究グループ 上席研究員 山隈 瑞樹)