労働安全衛生総合研究所

行動分析学との遭遇(2)

 ちょっと見にはわからなくても、行動には規則があります。意識するしないにかかわらず、行動は前後の文脈によりある節度を持ったうえで変化しているといえます。

報酬と罰


  1. 報酬の効果
     ご褒美の話です。ある行動の結果として報酬が与えられると、後にその行動の出現頻度が高くなります。報酬により行動の出現頻度を高める手続きを「強化」といいます。報酬で行動が増えること自体は、わざわざ説明しなくても多くの人が気付いていると思います。しかし、報酬の効果を最大にする方法、報酬の与え方とその後の行動変化の関係等についてはあまり考えたことがないのではないでしょうか。

     ある行動の出現頻度を増やしたければ、「即時強化」が効果的です。たとえば、子どもが宿題を終えたとき、あるいは部下が会議で発言したとき、報酬(「えらいね」と頭を撫でる、あるいはうなずいて笑顔を返す)の提示が直後に行われれば、その行動はより強化されます。この理論は当たり前に思えるのですが、実際に身の回りで即時強化をやっている例は意外に少なく感じます。私見ですが、日本人は特に即時強化が苦手ではないかと思います。宿題はやって当然、やらないときだけ叱る、作業終了を告げた部下にすかさず次の作業を命じる、コピーしてくれた部下から書類を無言で受け取る、などの場面をよく目にします。アメリカで暮らしているとき、彼らがほめ上手であることに大変驚きました。野球でボテボテのファーストゴロで即行アウトになった少年に、周囲の人々が「You run quickly」、「Good job!」と口々に言っていたのです。研究室でも学生の些細な仕事(実験器具を洗う等)を即時に、しかも具体的に讃える雰囲気がありました。アメリカ人は、概して人前の発言や新しいことへの挑戦に躊躇しないと言われますが、それは「ほめる文化」の浸透のおかげかもしれません。また、行動の強化には状況に応じた適切な報酬の提示が大切です。動物ならエサが報酬になりますが、ヒトの場合、何が報酬かは個人や状況で違います。難しいプロジェクトを終了した部下にあめ玉をあげても、喜ぶどころかバカにされたと立腹するでしょう。状況と相手を見極めた報酬の選択が必須なのです。
  2. 罰の効果
     お仕置きの話です。通常、望ましくない行動に対して罰を与えることは効果的だと考えられています。スピード違反で罰金を徴収され、宿題を忘れたら先生から叱られます。私たちは「罰社会」で生きているといっても過言ではありません。行動分析学でも罰という言葉を使用しますが、ある行動にお仕置きをすることで、その後の行動の出現頻度を減少させる手続きを「罰(処罰する、に近い意味)」または「弱化」とよびます。行動の出現頻度を減少させるお仕置きとして与えられる「もの」は「罰子」といいます。ですから、冒頭の文章を行動分析学的に記述すると、「通常、望ましくない行動に対して罰子を提示すると行動は弱化される(ここでは、混同しやすい「罰」を避け、「弱化」という言葉を使います)と考えられています」となります。

     罰子は、使い方を誤ると何の効果ももたらさず、よい行動の出現さえ抑制してしまうことを多くの行動分析家が指摘しています。動物実験でも罰子が効果的に作用しない例はよくみられます。ラットに、左右のレバーを押せばエサがもらえることを教えます。次に、右レバー押しは今までどおりエサ、左レバー押しではビリッと電気刺激(罰子)を与えます。ラットは、左レバーで何度か痛い思いをします。その後、左レバーに代わって右レバーを押すようになるかといえばそうはなりません。それどころか、両方のレバーへの反応をやめてしまいます。同様に、営業が不得手な社員を叱責し、上司が取引先へ引きずって行ったとします。その社員はその後、営業に一生懸命になるでしょうか。営業がますます嫌になり、会社を辞めるかもしれないと私は思います。罰子を効果的に使うことは通常考えられているよりはるかに難しいのです。その社員が営業を続けるためには、うまくいかないことに罰子を与えることではなく、営業がうまくいったときに報酬を与えることが必要だと思います。仮に、制限速度を守れた日には100円の報酬、宿題をやると10分長く遊べる、という状況があるとすると、このほうがより効果的と感じるのは私だけでしょうか。
  3. もう一つの強化と弱化
     苦痛からの開放は報酬となりますし、楽しみを取り上げることは懲罰になります。強化(行動頻度の増加)という現象は、報酬が与えられる時だけ生じるわけではありません。ある行動によりある状況が消失した結果、その行動が増加すればやはり強化なのです。たとえば、締め切りの原稿を仕上げることで、目の前のいやな仕事が消失します。だから我々は(汲々としながらも、しかも報酬がもらえるわけでもないのに)原稿をせっせと書き続けます。なんだか、書きながら悲しくなってきました。

     また、ある日映画館で中央に座ったら、前に大男が座って画面が全く見えなくなった経験があります。行動を減少させる「弱化」は、今まで画面が見えていた状況が消失することでも生じます。以来、私は中央の席を避けています(中央に座る行動の減少)。

    行動を減少させる「弱化」

     結果による行動の変化は、一方通行ではありません。ミスを怒られている彼女にとって、この状況は罰子(叱責)の提示にあたります。その状況から逃れるべく「泣き落とし」を試みます(おそらく過去にも何度かこの手で上手く切り抜けたのでしょう)。結果、まんまと苦痛から解放(叱責終了)されたと思いこんでいる彼女ですが、実はこの「泣き落とし」は、叱責している側の部長にとっては、毎回彼女が見せる陳腐でおもしろい見世物と映っていたようです。したがって、部長の叱責行動は皮肉にも彼女の「泣き落とし」により強化されているわけです(彼女は何も気がついていませんけど…)。行動の結果は、絶えず相互作用としてお互いの行動に影響を与えていることをお忘れなく。
  4. 報酬を与えるタイミング
     子どもが算数の問題を一問解いたらほめる、ということを繰り返していると、徐々に報酬として機能しなくなります。そんなとき、二問解いたらほめるように変更すると、子どもは一問解いたあとに「あれ?ほめられない、おかしいな」と、次の問題を解き始めます。その後も徐々にほめるハードルを上げていくと、子どもはほめられたさに再び一生懸命問題に取り組み始めます。このように、毎回報酬を与えること(連続強化)から間欠強化へ移行することで、より効果的な影響をもたらすこともあります。

    *ここでの目標は、子どもの行動をほめ言葉でコントロールすることではなく、最終的に宿題をすべてやり終えた達成感や算数の問題が解けて嬉しいといった内的な報酬を引き出すことです。このことに気がついた子どもは、もはやほめ言葉なしでも自分で算数の問題に取り組み始めます。

     報酬の与え方で行動パタンは大きく変わります。
  1. 一定の時間が経過した後の最初の行動に報酬が与えられる状況。空腹のラットに1分経過した後のレバー押しに対し小さな報酬(粒餌)を与えることを繰り返すと「報酬が得られた直後はレバー押しを休止し、時間経過とともにレバー押しの頻度が高くなり、1分直前にレバー押し行動がピークになる」という行動パタンを示します(図2の1)。
  2. 報酬がもらえる間隔が不規則な状況。PCの調子が悪く、キーボードを叩き続けると突然不規則な間隔で機能が回復するような状況。この場合はだらだらと休みなくキーボードを叩き続けます(図2の2)。
  3. ある回数その行動をすると報酬がもらえる、やればやるほど多くの報酬が得られる状況。 袋詰め作業を100回行うたびにバイト料が出るような状況。いったん作業を始めると休みなく続けますが、報酬を得た直後に小休止があります(図2の3)。報酬までに必要な行動回数が増えるとこの小休止は長くなるという特徴があります。
  4. 報酬が歩合制かつ不規則な提示である場合は、常時気合いを入れてガンガン行動するようになります(図2の4)。この状況は、反応しないと当たらないが、いつ当たるかわからないという、パチンコ等のギャンブル状況です。通常は報酬を与えなくなると行動はいずれ消失しますが、この状況下ではなかなか行動が消失しません。中毒的状況ですね。
     以上は、行動することへの報酬提示の話ですが、行動しないことにも強化が可能です。
  5. 反応と反応の間隔が一定時間以上の時に報酬を提示することを繰り返すと、ゆっくりした行動パタンになります(図2の5)。

模式図:報酬についての行動した回数と時間の関係

行動分析の実践


  1. 職場への応用
     助産師として勤務しているとき、看護ケアが個人の資質に頼りすぎ、等質なケアができていないのではないか、という疑問が絶えずありました。あるスタッフが患者さんに看護ケアを施すわけですが、ほかのスタッフは別の看護ケアが良いと思い、同じ患者さんに別のケアをすることがしばしばありました。このようなときは当然、患者さんからは「いろいろな人がいろいろなことを言うので、どれを信じていいのかわからない」と言われます。話し合い等で一応方針を決定しても、三交代制(日勤、準夜、深夜)が災いして、全スタッフが一貫した看護ケアを行うことをさらに難しくしていました。また、看護ケアの妥当性を客観的に評価する方法も不十分でした。行動分析を学んでいくなかで、これらの問題に行動分析が応用できることがわかり、さっそく取り入れてみることにしました。

     最初に行った働きかけは、患者さんに必要とされる行動を決定するためのシート(標的行動決定シート)の作成でした。シートに沿って記入すると、ケアが必要と思われる患者さんの行動が誰でも特定できるように工夫しました。また、標的行動に対する具体的な看護ケアの立案ができるシートも考案しました。標的行動の増減を時系列で見ることのできる表の作成により、看護ケアの妥当性の評価も可能となりました。その後、現職スタッフからも実践的な提案があり、改良を加えたのち、現職スタッフにすべて任せられるまでになりました。患者さんの行動や看護ケアの内容が共通認識されたこと、行動が測定できれば客観的評価も可能になるという認識が浸透したことは大きな一歩であると感じました。行動分析は、看護場面のみならず様々な場面で応用可能です。パフォーマンスマネージメント、または組織行動マネジメントという名で企業や作業現場で使われています。
  2. 毒性学としての行動分析
     大学に入り、本格的に行動分析にのめりこんでいった私は、大学生(ヒト)と動物の両方で実験を行いました。報酬を与えるタイミングに特異的な上記の行動パタンは、動物では比較的きれいに再現できるのですが、ヒトでは再現できないことも多いのです。原因は、言語にあると過去の実験が証明しています。実際、言葉を話す以前の赤ちゃんは動物に類似の行動パタンを示します。私は助産師という職歴もあり、新生児に興味があったため、動物の行動に魅力を感じました。そして、将来赤ちゃんの行動を調べようと漠然と考えていました。その矢先、妊婦と胎児に大変な脅威が迫っていることに気付いたのです。

     脅威の正体は、環境中の化学物質、その頃騒がれていた内分泌かく乱化学物質でした。ごく微量でも、胎児の発達に不可逆的な影響を与え、記憶・学習行動といった高次の脳機能も障害を受けるという論文を読み、恐怖を感じました。それまで正常な行動を脅かす外的要因の存在について考えが及ぶことはなかったのですが、関連の論文には、外的有害物質の胎児への影響がいかに深刻であるかが綿々と書かれていました。

     同時に、神経系に対する有害影響を、行動を指標にして調べる「行動毒性学」という分野があり、母体経由での化学物質ばく露が次世代(子)の行動に与える影響も研究されていることを知りました。たとえば、ある化学物質を投与された母親から生まれた動物の行動を、正常な動物のそれと比較し、障害の有無を判断するわけです。休みない反応が高率で出るはずの状況でその反応が出ない、一定の時間間隔でのゆっくりとした反応ができない、という行動上の障害を見つけるのです。当然、これらは脳の障害が原因で起きていると考えられるため、脳の組織学とあわせた行動試験が必要と感じましたが、その頃日本には、本格的な行動試験と脳の組織学を組み合わせた研究は殆どありませんでした。

     行動毒性学を最初に始めた研究者がアメリカにいて、しかも彼の研究室には脳専門の組織学者もいることがわかり、どうしてもその方法が知りたくなり、突如渡米を決意しました。次回は、アメリカで学び、現在に至るまで行っている、私の動物実験の内容をお知らせします。

(健康障害予防研究グループ 任期付研究員 北條理恵子)

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