労働安全衛生総合研究所

土砂災害による労働災害

 近年、台風、梅雨前線豪雨、地震などにより全国各地で土砂災害が多発しています。 平成22年は,7月に九州南部・中国地方を中心に発生した豪雨などにより、多くの被害がありました。また,「深層崩壊」という新しい土砂災害の概念なども国土交通省から示され,マスコミなどで報道されたので,気になる方も多いのではないでしょうか?今回のコラムは,土砂災害の中でも労働安全衛生に関係する「土砂災害による労働災害」についてです。

 土石や木を材料として道具を使い出した人類が,土を計画的に動かし始めたのは農耕定住生活を営み始めた弥生時代からと言われています。自然な地形を人間が改変する切取りや掘削の作業は,いわば自然との対決でもあり,自然の怒りに触れた現象が土砂災害といえます。人力や牛馬に頼っていた工事は,今日においては大型重機によって大規模な工事がなされています。その間,土砂災害による労働災害で幾人もの尊い命が失われました。

 土砂災害によって労働災害が発生した場合に,刑事罰・行政罰を科す判断の一つとして,「その崩壊を予見し得たか否か」が問われる場合があります。自然は事前に誰にも分かるように予告をして崩壊するとは限りません。しかし,どのような崩壊も必ずと言っていいほど事前に何らかの前兆現象があります。「突然崩壊した」というのは,人間の目や感覚ではそれを見つけることができなかったに過ぎません。斜面工事を行う場合,日々工事の前に斜面の状況を詳細に点検する事が義務付けられており,工事中も監視人を配置するように指導されています。しかし,草や樹木の生い茂る斜面の中での点検は,細い亀裂・割れ目を発見することは困難であり,目視では変状の発見には限界があります。これを解決する方法として計測機器による観察があります。計測機器による観察ならば,設置の手間さえ厭わなければ,目視の困難さや地盤条件の不透明さをカバーする方法として効果があると考えられます。何よりも,変状が数値で確認されることは,施工者に危険感を与えるだけではなく,発注者にも設計変更・安全対策の対応を取りやすくできます。土砂災害による労働災害事例のほとんどは,中小規模の掘削工事にて発生しているため,コストや扱いやすさにも配慮が必要となりますが,最近ではICT(情報通信技術)が発達し,低コスト・高精度な計測機器も研究レベルでは増えてきました。将来的にこれらの技術の実用化・普及が望まれます。また,土砂災害による危険箇所が生じないようにハード的な対策を講じることも手段の一つであるのは言うまでもありません。

 労働災害によって亡くなられた本人の無念さは察して余りあるものがありますが,遺族の方も精神的にも収入面でも大きなダメージを受けてしまいます。このような不幸が二度と起こらないように,労働災害の防止・根絶に最大限の努力を払わなければなりません。今後も研究員一同,労働安全衛生分野での研究開発・労働災害調査を通じて,労働災害の根絶が実現するように努力していきます。



(建設安全研究グループ 研究員 伊藤和也)

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