何もしていないのに燃え出す不思議「自然発火のはなし」
燃焼の勉強を始めますと、多くの本に初めの方に「燃焼の3要素」と称して、「燃焼が起こるには『可燃物』『空気(酸素)』『着火エネルギー』の3つが必要です」とよく書いてあります。この3要素がそろった時に燃焼が始まって、どれかを欠くようにすると火を消すことができますと、私たちもしばしば説明します。が、実はこの3要素が存在しただけで燃え出すわけではありません。もう少し条件を加える必要があるのです。
その条件とは、「可燃物」と「空気(酸素)」の割合がある定められた範囲にあり、かつ、それが混じりあい、加えて着火エネルギーがある値以上でなければなりません。これらの条件を表す値として「爆発下限界濃度」、「爆発上限界濃度」、「引火温度(点)」、「最小着火エネルギー」、「発火温度」といったデータが文献に載っています。このデータを見て、危険性はどの程度なのかを検討します。例えば、物質Aと物質Bを比較して、「物質Aの方が爆発下限界濃度が低いから、物質Aの方が漏れたときに危険だ」とか、「物質Aの引火温度は130℃だけど、物質Bの引火温度は20℃だから、物質Bは火気厳禁だ」という話になります。
気をつけてほしいのは、これらのデータは、よく物質ごとに一覧表として文献に載っていますから、物質を決めてしまえば、いつでも同じと考えがちですが、これらのデータは、特に断り書きがない限り、常温、常圧の空気中でのデータと考えてください。酸素中であったり、圧力が高かったりした場合には着火しやすくなり、そのデータは適合しなくなります。
さて、前置きはこの程度にして、「自然発火のはなし」を始めましょう。
まず「引火と発火はどう違う?」と尋ねられたらどんな答えになるでしょう。「引火」はライターか何かの着火源によって可燃物が燃え出すこと、「発火」は光を当てたり、ヒーターのふく射熱で加熱したりするなど、積極的に着火源を近づけてはいませんけれど、しばらくして燃え出すこと、のイメージがありますね。電気火花や炎のような直接見える着火源なのか、熱や光で直接見えない着火源なのか、といってもよいでしょう。この「発火」のひとつとして、着火源を近づけるわけでなく、何もしていないのに突然燃え出してしまう現象があります。「自然発火」と呼ばれる現象です。この「自然発火」が起きる温度のことを「発火温度」と呼ぶことがありますが、文献に一覧表として載っているさっきの「発火温度」とは、意味が違います。ここで、以後の話がややこしくなりますので、文献の一覧表に載っている「発火温度」は、実際に発火がすぐ起きて燃焼を始める温度を指しているので「瞬間発火温度」と呼ぶことにします。一方、ある温度の環境中に保持していて今は発火していませんが、いずれは(10分後か、1日後か、1週間後かは問いません)発火が起きてしまうその環境の温度を「自然発火温度」と呼ぶことにします。
最初に「瞬間発火温度」は、可燃物を積極的に燃焼させようという状況によく合います。具体的には熱エネルギーを外部から与えて、可燃物の温度をどこまで上げれば火が付くのか? 何℃ぐらいの物体と接触させれば火が付くのか? が問題となりますから、可燃物の温度が必要な温度まで上がることが前提になります。すなわち、外部から与えた熱エネルギーによる温度上昇の効率は考えていません。もし効率が悪ければ、その分だけ余分な熱エネルギーを与えれば良いという考え方です。
次に「自然発火温度」を考えましょう。自然発火を起こす物質としてよく知られているのは、油が染みたボロ切れ、天ぷらのカス、石炭や木材の粉のほか、ニトロセルロースなどのある種の化学薬品類です。これらの物質が自然に発火する基本的なメカニズムは、次のように考えられています。
この「自然発火」は、「何もしていないのに」がポイントになりますから、外部からの熱エネルギーの供給はありません。石の粉のような不燃物など、最初の時点でまったく発熱を起こさない安定な物質では 1. が起こりませんから、以降のメカニズムも起こりません。この最初の発熱の原因は、化学反応でなく、微生物発酵などのほかの原因によることもあります。
次に 2. の時には、自分自身の化学反応などによる発熱で自分自身を暖めなくてはなりません。したがって、発熱がある場合でも、もし 1. で発生した熱が外部に逃げてしまい、自分自身を暖めることができなかったら、以降のメカニズムが繰り返されることはなく、自然発火は起きないことになります。逆に、発生した熱が外部に逃げることなく自分自身を暖めることに効率的に使われれば、繰り返しが促進されて自然発火が起きやすくなります。また、物質自体が発熱しやすいほど自然発火が起きやすくなることは、すぐわかると思います。
このように自然発火では、「物質の発熱のしやすさ」と「外部への熱の逃げやすさ」のバランスが自然発火が起きるかどうかを決めます。「物質の発熱のしやすさ」は物質を決めてしまえばおおよそ定まりますけれど、「外部への熱の逃げやすさ」は、その物質の熱伝導率だけでなく、物質の量や形状や換気状態、粉体ならば粒の大きさや充てん率、といった物理的要素にも影響され、一定の値になることはありません。このため、文献などにデータとして掲載されることはまれで、たとえ掲載されていたとしても、そのデータは定められた試験条件(試験の安全確保と時間的制約の範囲内のもの)で測定された参考値にすぎず、現実の製品の自然発火温度を示しているわけではないのです。
このように取り扱いが厄介な「自然発火温度」ですが、ある種の熱分析装置では、環境の温度を制御することによって擬似的に外部への熱の散逸がなくなるようにした状態(断熱状態という)することができ、使用する試料を少量としながらも大量貯蔵を模した試験ができます。装置上や測定上の問題から適用できる物質は限定されてしまいますが、自然発火は爆発・火災事故の発生原因のひとつとして重要ですから、これらの熱分析装置を用いるなどにより、研究所では自然発火の起きやすさの測定や分析を行っています。
その条件とは、「可燃物」と「空気(酸素)」の割合がある定められた範囲にあり、かつ、それが混じりあい、加えて着火エネルギーがある値以上でなければなりません。これらの条件を表す値として「爆発下限界濃度」、「爆発上限界濃度」、「引火温度(点)」、「最小着火エネルギー」、「発火温度」といったデータが文献に載っています。このデータを見て、危険性はどの程度なのかを検討します。例えば、物質Aと物質Bを比較して、「物質Aの方が爆発下限界濃度が低いから、物質Aの方が漏れたときに危険だ」とか、「物質Aの引火温度は130℃だけど、物質Bの引火温度は20℃だから、物質Bは火気厳禁だ」という話になります。
気をつけてほしいのは、これらのデータは、よく物質ごとに一覧表として文献に載っていますから、物質を決めてしまえば、いつでも同じと考えがちですが、これらのデータは、特に断り書きがない限り、常温、常圧の空気中でのデータと考えてください。酸素中であったり、圧力が高かったりした場合には着火しやすくなり、そのデータは適合しなくなります。
さて、前置きはこの程度にして、「自然発火のはなし」を始めましょう。
まず「引火と発火はどう違う?」と尋ねられたらどんな答えになるでしょう。「引火」はライターか何かの着火源によって可燃物が燃え出すこと、「発火」は光を当てたり、ヒーターのふく射熱で加熱したりするなど、積極的に着火源を近づけてはいませんけれど、しばらくして燃え出すこと、のイメージがありますね。電気火花や炎のような直接見える着火源なのか、熱や光で直接見えない着火源なのか、といってもよいでしょう。この「発火」のひとつとして、着火源を近づけるわけでなく、何もしていないのに突然燃え出してしまう現象があります。「自然発火」と呼ばれる現象です。この「自然発火」が起きる温度のことを「発火温度」と呼ぶことがありますが、文献に一覧表として載っているさっきの「発火温度」とは、意味が違います。ここで、以後の話がややこしくなりますので、文献の一覧表に載っている「発火温度」は、実際に発火がすぐ起きて燃焼を始める温度を指しているので「瞬間発火温度」と呼ぶことにします。一方、ある温度の環境中に保持していて今は発火していませんが、いずれは(10分後か、1日後か、1週間後かは問いません)発火が起きてしまうその環境の温度を「自然発火温度」と呼ぶことにします。
最初に「瞬間発火温度」は、可燃物を積極的に燃焼させようという状況によく合います。具体的には熱エネルギーを外部から与えて、可燃物の温度をどこまで上げれば火が付くのか? 何℃ぐらいの物体と接触させれば火が付くのか? が問題となりますから、可燃物の温度が必要な温度まで上がることが前提になります。すなわち、外部から与えた熱エネルギーによる温度上昇の効率は考えていません。もし効率が悪ければ、その分だけ余分な熱エネルギーを与えれば良いという考え方です。
次に「自然発火温度」を考えましょう。自然発火を起こす物質としてよく知られているのは、油が染みたボロ切れ、天ぷらのカス、石炭や木材の粉のほか、ニトロセルロースなどのある種の化学薬品類です。これらの物質が自然に発火する基本的なメカニズムは、次のように考えられています。
- わずかでも化学反応などにより発熱が生じる。
- その発熱により自身の温度が上昇する。
- 温度が上昇すると化学反応の速度が増す。
- そうすると化学反応により生ずる(単位時間あたりの)発熱が増える。
- その発熱による自身の温度上昇が増える。
- これが繰り返されてついには瞬間発火温度に達し、発火する。
この「自然発火」は、「何もしていないのに」がポイントになりますから、外部からの熱エネルギーの供給はありません。石の粉のような不燃物など、最初の時点でまったく発熱を起こさない安定な物質では 1. が起こりませんから、以降のメカニズムも起こりません。この最初の発熱の原因は、化学反応でなく、微生物発酵などのほかの原因によることもあります。
次に 2. の時には、自分自身の化学反応などによる発熱で自分自身を暖めなくてはなりません。したがって、発熱がある場合でも、もし 1. で発生した熱が外部に逃げてしまい、自分自身を暖めることができなかったら、以降のメカニズムが繰り返されることはなく、自然発火は起きないことになります。逆に、発生した熱が外部に逃げることなく自分自身を暖めることに効率的に使われれば、繰り返しが促進されて自然発火が起きやすくなります。また、物質自体が発熱しやすいほど自然発火が起きやすくなることは、すぐわかると思います。
このように自然発火では、「物質の発熱のしやすさ」と「外部への熱の逃げやすさ」のバランスが自然発火が起きるかどうかを決めます。「物質の発熱のしやすさ」は物質を決めてしまえばおおよそ定まりますけれど、「外部への熱の逃げやすさ」は、その物質の熱伝導率だけでなく、物質の量や形状や換気状態、粉体ならば粒の大きさや充てん率、といった物理的要素にも影響され、一定の値になることはありません。このため、文献などにデータとして掲載されることはまれで、たとえ掲載されていたとしても、そのデータは定められた試験条件(試験の安全確保と時間的制約の範囲内のもの)で測定された参考値にすぎず、現実の製品の自然発火温度を示しているわけではないのです。
このように取り扱いが厄介な「自然発火温度」ですが、ある種の熱分析装置では、環境の温度を制御することによって擬似的に外部への熱の散逸がなくなるようにした状態(断熱状態という)することができ、使用する試料を少量としながらも大量貯蔵を模した試験ができます。装置上や測定上の問題から適用できる物質は限定されてしまいますが、自然発火は爆発・火災事故の発生原因のひとつとして重要ですから、これらの熱分析装置を用いるなどにより、研究所では自然発火の起きやすさの測定や分析を行っています。
(化学安全研究グループ 板垣晴彦)