労働安全衛生総合研究所

作業環境測定における活性炭・シリカゲル捕集剤と有機溶剤脱着率

1. はじめに


 作業環境測定で取り組まれる空気中の有機溶剤蒸気(有機ガス)の濃度の測定では、特に希薄な蒸気についてはそのままの状態での直接の測定が難しいこともあり、広く固体捕集方法という手法が採用されています1~3)。同方法による測定手順の概要を記すと、まず活性炭やシリカゲルといった固体の捕集剤が充填された捕集管により、吸引ポンプを使用して環境中の空気の一定流量・時間での捕集(サンプリング)を行います。その後、捕集管内部から捕集剤を取り出し、二硫化炭素やメタノールなどの抽出(脱着)溶媒によって測定対象の有機溶剤の成分を抽出した液体試料を作成します。この液体試料を分析機器(ガスクロマトグラフ)を用いて測定し、この定量の結果と捕集した空気の総量から測定対象の有機溶剤蒸気の濃度が計算される、というものです(図1)。これらの一連の測定技術は、現在のさまざまな有機溶剤が使用される労働環境の管理と改善のために大きな役割を果たしています。


図1 固体捕集方法による有機溶剤蒸気濃度測定の概要
図1 固体捕集方法による有機溶剤蒸気濃度測定の概要

 有機溶剤蒸気の捕集では、空気の量に対して充分な量の捕集剤が用いられ、捕集の時間も充分に取られれば多くの場合に支障はないと考えられますが、その一方、捕集後の有機溶剤成分の抽出(脱着)においては、有機溶剤の種類および濃度(厚生労働省が定める管理濃度1) に対して低い濃度の領域)によっては捕集剤からの抽出効率(脱着率)が低下し、そのままでは実際の濃度よりも低い測定値が得られてしまうといった測定精度への影響が生じることが指摘されています4, 5)。さらに、測定に用いられる各捕集剤の性質自体が要因となり、脱着率に影響が生じることも予想されます。 現在、日本国内で流通する主要な捕集管製品では、捕集剤としておもに活性炭とシリカゲルが用いられています。このコラムでは日本国内での近年の代表的な捕集管製品に用いられている捕集剤を対象として、上記の課題についての検討を進めた結果を最新の話題も交えてご紹介致します。なお、掲載スペース等の都合により、詳細なデータについては既報6~10) 等にその内容を譲ることをご了承ください。

2. 捕集管製品と捕集剤


 現在の捕集管製品では、内部にある捕集剤の重量や充填の形態(2層または単層)が異なる様々な製品が各社より流通しています(図2)。これらのうち単層の充填形態の製品は、測定する場所の有機溶剤蒸気の濃度がある程度把握されている場合に多く利用されています。他方、2層の充填形態の製品では片方の小さな層はバックアップ層として活用され、こちらから有機溶剤成分が検出されない場合には、もう一方の最初の層の捕集剤だけで捕集が適切に完了したものとの判断がなされます。


図2 捕集管製品の構造の模式図 (a) 2層型 (b)単層型
図2 捕集管製品の構造の模式図 (a) 2層型 (b)単層型

 各捕集剤による有機溶剤成分の脱着率については、幾つかの参考例が捕集管製品の取扱説明書等に示されている場合もありますが、個々の測定の現場に応じた正確な値の決定は実際に測定を行うユーザー自身に求められています。捕集された有機溶剤成分の脱着率は、用いる捕集剤の重量や脱着溶媒の量を大きく変えた場合にも値が変化することが指摘されています1, 11~14)。おおよその傾向としては捕集剤の重量が多いほど、脱着溶媒の量を少なくするほど、測定される脱着率は低下の傾向を示します。しかし、脱着率を上げるために捕集剤の重量を過度に減らした場合には有機溶剤蒸気の充分な捕集が行われない可能性が生じること、脱着溶媒の量を過度に増やした場合には得られる液体試料の濃度が希薄なものとなり、ガスクロマトグラフでの検出・測定に好ましくない影響を生じることが予想され、いずれの場合にも測定の精度はかえって損なわれることとなります。また、捕集剤からの有機溶剤成分の脱着率は、有機溶剤と脱着溶媒の種類の組み合わせによっても影響を受けることが考えられ、適切な溶媒の検討もこれまでに進められています1)
 測定の状況に応じた捕集管や捕集剤の有効な利用のあり方は、今後も検討が求められる課題であると言えます。


3. 活性炭捕集剤


 作業環境測定に用いられている活性炭捕集剤は、原料からは椰子殻活性炭と石油系活性炭とに大別されます。前者の形状はおもに破砕状であり、後者では球状です(図3 (a) (b))。それぞれのサイズとして、平均粒径は石油系活性炭がより小さい水準にあります6, 7)。活性炭はシリカゲルと共に代表的な多孔性材料の一つであり、その多孔性が吸着材料としての機能を果たす起源となっています。つまり、各材料が持つマイクロ孔(micro pore; 細孔直径~2nm(ナノメートル:1nmは100万分の1mm))およびメソ孔(meso pore; 同直径として2nm~50nm)に代表される細孔の発達分布状態が吸着・脱着性能に寄与します。特にマイクロ孔の発達は吸着容量を決定づけ、メソ孔の発達は吸着の速度に大きな影響を与えると考えられるため15~18)、これらの状態が有機溶剤成分の脱着率にも影響することが予想されます。活性炭における細孔では、特にマイクロ孔の発達が中心となります。
 有機溶剤蒸気の捕集を考えた場合に、あまりに低い比表面積(単位重量当たりの表面積)の活性炭であると捕集量が低下する恐れがありますが、本研究で対象とした試料の水準では、活性炭試料の比表面積が1,000 ㎡/gを大きく上回る値となってもむしろ脱着率は低下します。よって活性炭の比表面積の大きさは脱着を促進する効果は持たないと考えられます。一方、粒径の大きさに関しては小さい方が脱着溶媒との接触に有利に作用し、脱着率に良い効果を持つものと見られます。
 また、石油系球状活性炭は有機溶剤蒸気の濃度全般にわたり椰子殻活性炭よりも安定した脱着率を示します。ごく低濃度の有機溶剤蒸気に対して、椰子殻活性炭は石油・石炭系の原料から得られた活性炭よりも強い吸着能力を示す傾向があります19)。この原因は活性炭の表面にあるごく微量の化学的成分の違いによる可能性が考えられますが、詳細はまだ明らかでありません。しかし、この強い吸着能力が吸着後の有機溶剤成分の脱着をかえって妨げることが予想されます。同様に、高い比表面積を持つ活性炭は吸着能力において低い比表面積のものよりも高い性能を持つため、やはり脱着には好ましくないものと予想されます。

図3 捕集管製品に用いられる捕集剤の実例 (a) 椰子殻活性炭 (b) 石油系活性炭 (c) シリカゲル
図3 捕集管製品に用いられる捕集剤の実例
(a) 椰子殻活性炭 (b) 石油系活性炭 (c) シリカゲル

4. シリカゲル捕集剤


 シリカゲルはおもに二酸化ケイ素(SiO2)という物質から構成される多孔性材料です。このシリカゲルを捕集剤として用いた捕集管製品はおもに極性有機化合物(アルコールなど)の測定を対象として、活性炭捕集管を補うものとして流通しています。しかし、実際の製品の詳細な取り扱いに関しては活性炭捕集管よりも取り上げられる機会が少ないこともあり、適用の効果の高い有機化合物やその脱着率については依然として検討の余地が残されています。
 捕集管製品に使用されているシリカゲル中の二酸化ケイ素の含有率(水分を考慮しないもの)はいずれも99.5% 以上であり、この値は乾燥剤として用いられる一般的な球状のシリカゲルよりも高い水準です8)。シリカゲル捕集剤は1mm前後の大きさの破砕状です(図3 (c))。また、シリカゲルでは活性炭と異なり、マイクロ孔だけでなくメソ孔においても顕著な細孔の発達が見られることが特徴です。
 有機溶剤成分の脱着率について、粒径の大きいシリカゲルでは値が過大となる傾向があり、精度の高い測定のためには問題があります。これは脱着溶媒が捕集剤の内部に多く吸収されてしまうためと考えられ、粒径は測定作業に支障の生じない範囲で小さなものが望ましいと判断されます。また、比表面積は大きい方が脱着率に良い効果を持つと見られますが、これは活性炭の場合6, 7) と異なる結果です。活性炭での比表面積の増加は物質の吸着に直接的な効果をもたらすマイクロ孔の発達が促進されていることを意味し、それからもたらされる大きな吸着能力が、前述のように吸着後の有機溶剤成分の脱着を妨げることが予想されます。これに対し、シリカゲルでは比表面積の増加においてマイクロ孔とあわせてメソ孔においても細孔の発達が伴うことから、脱着率への効果に違いが生じていると予想されます。


5. 双方の捕集剤の併用に関する検討


 有機溶剤蒸気への長期間の曝露による健康影響の議論を念頭に置いて、作業環境測定では従来よりもさらに低濃度の領域の精確な測定にも関心が持たれています。しかし、本稿の冒頭に記したように、よく用いられる捕集剤である活性炭では有機溶剤の種類や蒸気の濃度によっては捕集後の脱着率が必ずしも良好でなく、測定精度に影響を生じることが以前より指摘されています。そのため、この改善策の一つとして活性炭とシリカゲルの各捕集剤の有効な使い分けに期待がなされますが、その詳細は現在でも多くが明らかではありません。
 最近の筆者の研究においては、作業環境評価基準に示されるアルコール1) や、文献調査20) により活性炭捕集剤を用いた際の脱着率がやや好ましくないと考えられる有機溶剤を対象として測定を行った結果、低濃度(ここでは管理濃度の0.1倍以下)の領域と、より高い濃度領域とでは活性炭捕集剤およびシリカゲル捕集剤による脱着率の優劣が入れ替わり、蒸気の濃度に応じて捕集剤を使い分けることが精度の良い測定のために有効となる可能性がある有機溶剤が複数見られています(図4)9, 21)。 本研究では今後、双方の捕集剤での各種の有機溶剤脱着率の比較を詳しく進め、これらの併用による効果的な有機溶剤蒸気濃度の測定方法の検討を行う計画です。


図4 各捕集剤における有機溶剤脱着率の濃度依存性の例(2-ブタノール)(DN:無次元数,E:管理濃度)
図4 各捕集剤における有機溶剤脱着率の濃度依存性の例(2-ブタノール)
(DN:無次元数,E:管理濃度)

6. おわりに


 本稿では作業環境測定での固体捕集方法に用いられる捕集管と、その内部に充填される捕集剤について記述しました。日本国内においてこれらの活用が本格的に進められるようになったのは1980年代以降のことで、測定技術としては必ずしも古典的なものではありません。これらの話題にはまだ発展の余地が多くあるものと思われますが、筆者は現在、材料科学または材料化学からの観点を活かしつつ、上記に関する研究に取り組んでいます。本稿に記した論点が実際に活かされることを目指して今後も研究を推進し、それにより得られる情報の周知を図ってまいります。


参考文献

  1. 公益社団法人日本作業環境測定協会編.作業環境測定ガイドブック 5[有機溶剤(特別有機溶剤を含む)]— 物質別各論 初版. 東京:公益社団法人日本作業環境測定協会,2019.
  2. Reid F. H, Halpin W. R. Determination of halogenated and aromatic hydrocarbons in air by charcoal tube and gas chromatography. Am Ind Hyg Assoc J 1968; 29: 390-396.
  3. 深堀すみ江,多田治,菅井勤.環境中の有機溶剤蒸気の測定. 労働科学 1981; 57: 11-23.
  4. 海福雄一郎,松延邦明,若山雅彦.溶媒脱着用 球状活性炭捕集管Cat.No.258.作業環境 2008; 29: 35-39.
  5. 吉川正博,楠本純一,中村亜衣,海福雄一郎.石油ピッチを原料とする球状活性炭の20有機溶剤に対する吸着・脱着特性.作業環境 2009; 30: 53-59.
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  8. Abiko H. Silica gel adsorbents for sampling tube in work environment measurements and their extraction efficiency of alcohols. J Ceram Soc Japan 2017; 125: 175-179.
  9. Abiko H. Extraction efficiency of alcohols from activated carbon and silica gel sampling agents in the low concentration region. SN Applied Sciences 2021; 3: Article number 206.
  10. 安彦泰進.安全衛生情報 作業環境測定用捕集管で使用される捕集剤について.安全衛生コンサルタント 2017; 37: 27-32.
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  13. 芦田敏文,小池慎也,大森薫.活性炭管を用いる有機溶剤蒸気の測定法に関する研究(第2報).作業環境 1983; 4: 52-57.
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  15. 近藤精一,石川達雄,安部郁夫.吸着の科学 第3版.東京:丸善,2020.
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  20. 安彦泰進.作業環境測定用活性炭捕集剤における有機溶剤脱着率の濃度依存性.産業衛生学雑誌 2020; 62: 192-197.
  21. 安彦泰進.環境測定での活性炭・シリカゲル捕集剤における有機溶剤脱着率の濃度変化.2024年吸着-ゼオライト合同研究発表会 要旨集 2024; 241.

(環境計測研究グループ 上席研究員 安彦 泰進(あびこ ひろのぶ))

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