労働安全衛生総合研究所

ドローンの接触による労働災害の防止に関する研究

1.はじめに


 小型の無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle、以下、ドローンという)は、空中からの動画・写真撮影に利用されるだけでなく、作業者の立ち入りが困難な場所でも活用できるため、様々な構造物の点検に活躍の場を広げています。さらに、近年ではドローンの性能が向上し、重量物を運搬することができるモデルも開発されています。そのため、施工管理や橋梁等の点検、測量、資機材の運搬等、建設業においてドローンは必要不可欠なものとなっています。一方で、ドローンが作業者に接触し回転翼で顔や指等を切創する災害が発生しています。本コラムでは、ドローンの事故事例を紹介するとともに、ドローンの回転翼の接触から労働者を保護するための研究についてご紹介させていただきます。


2.ドローンによる事故事例と安全対策


 国土交通省は平成27年から現在までのドローンによる事故(人の死傷、第三者の物件の損傷、機体の損傷等)の情報をHPで公開しています(令和5年7月24日現在、令和4年12月5日以降のデータを公開)。ドローンによる事故の一例を表1に示します。表に示した事例は、空撮等の業務中に発生した事故のうち、ドローンが操縦者や作業者に接触した事例です。災害の原因をみると操縦者の操作ミスや、予期しない横風、ドローンの誤作動等が原因であることがわかります。


表1 ドローンによる事故の一例
発生年月 災害の概要 災害の原因
平成29年9月 橋梁点検の実証試験のため無人航空機を飛行させていたところ、突然操縦不能となり関係者に接触した。当該人は救急搬送され、右手親指を数針縫う負傷を負った。 飛行制御プロポの操作モードが、突然変更されたため、操縦不能(混乱)に陥った。
平成30年5月 農薬散布のため無人航空機を飛行させていたところ、離陸時に突風に煽られ機体が横転し飛行させる者に接触した。飛行させる者は右足膝に裂傷を負った。 離陸時の予期しない突風に対応できず機体が姿勢を崩したものと考えられる。
平成30年12月 試験飛行のため無人航空機を飛行させていたところ、着陸時、降着装置が誤作動したため、姿勢を崩し、無人航空機が飛行させる者と補助者に接触した。飛行させる者と補助者は裂傷及び打撲を負った。 着陸時に無人航空機の降着装置が誤作動し、機体の姿勢が不安定になったものと考えられる。
令和元年9月 撮影のため無人航空機を体育館内で飛行させていたところ、操縦を誤り付近の人に接触し墜落した。 機体と人との距離を見誤ったものと考えられる。
令和2年8月 農薬散布のため無人航空機を飛行させていたところ、風に煽られスライドし、付近にいた人と車に接触し墜落した。 着陸時に機体が傾いて接地したため、着陸判定が出来ずその時点でモータを停止せず姿勢制御を継続した。

 作業者とドローンの接触・衝突による切創被害などのリスクを低減する保護方策として、機体全体を覆うケージや回転翼に装着する安全防護物としてのガード(囲い)を使用することが望ましいですが、それらの装備はドローン飛行時の空気抵抗となるため接触・衝突防止の保護ガードは広く普及していないのが現状です。そのため、機体側で安全対策が難しい場合、使用者側のリスク低減策として柵などの「距離ガード」の設置が必要となります。本研究では、建設工事で一般的に使用されている建築工事用シートが距離ガードとして利用可能かどうかを実験的に検証しました。

3.建築工事用シートと回転翼接触試験の概要


 建設業では高所からの墜落・転落による労働災害を防止するため、建築工事現場には転落防止用の手すり等の柵に加え、作業床からの物体の墜落防止措置として、建築工事用シート(以下、シートという)や防網等の設置が義務付けられています。シートはJIS規格に性能が規定されています。この規定では、強度の違いにより「1類」と「2類」に分類されています。「1類」のシートは、素材を補強してシート単体で飛来・落下に対応するもので、重量5kgの足場用鋼管を3mの高さから自由落下させて貫通しないものとなっています。それに対して、「2類」のシートは金網等を併用して使用することで飛来・落下に対応するもので、「1類」のシートのような耐貫通性を有していません。実験に使用したシートの拡大写真を写真1に示します。いずれのシートもポリエステル製の繊維をポリ塩化ビニルで被覆したものです。


(a)1類 (b)2類
(a)1類 (b)2類
写真1 シートの拡大写真

 検証用に開発した回転翼接触試験機を図1に示します。試験機はプロペラの破片や試験片の飛来を防止するため全体をアクリル板で覆われています。シートはスライダー上のベースに設置されたアルミフレームの前面に固定し、1m/secの一定速度でアルミフレームを移動させてプロペラに接触させました。本研究では、15インチ(=381mm)と30インチ(=762mm)のプロペラを使用しました。


図1 回転翼接触試験機の概要

図1 回転翼接触試験機の概要


4.試験結果


 1類のシートの実験動画を動画1に、2類のシートの実験動画を動画2にそれぞれ示します。動画で使用しているプロペラはどちらも30インチ、プロペラの回転速度は2,500rpmです。



動画1 1類のメッシュシートの実験動画

動画2 2類のメッシュシートの実験動画

 実験後のシートの拡大写真を写真2に示します。耐貫通性を有する1類のシートの結果(写真2(a))を見ると、シートは切断されておらず、ポリ塩化ビニルの被覆部がわずかに損傷していますが、内部のポリエステル繊維はほとんど損傷していないことが確認できます。それに対して、耐貫通性を有しない2類のシートは複数箇所で縦糸が切断されていることが確認できます。この結果から、耐貫通性を有する1類に分類されるシートは、距離ガードとして利用できる可能性があることがわかりました。
 本研究ではドローンが不意の横風等で飛来した場合を再現しています。ドローンが速い速度でシートに衝突した際には距離ガードとして機能しない可能性があります。


(a)1類 (b)2類
(a)1類 (b)2類
写真2 実験後のシートの様子

5.おわりに


 ドローン空撮時に撮影者や作業者を保護するための距離ガード(安全防護物)として、建築工事用シートが機能するかを確認するために回転翼を接触させる試験装置を開発して検証実験を行いました。その結果、耐貫通性を有するJIS 1類に分類されるシートは、距離ガードとして利用できる可能性が高いことがわかりました。
 建設業において、ドローンは急速に普及している反面、安全対策が追いついていないのが現状です。ドローンを安全に運用するためには、距離ガードの使用に加え、保護帽や保護メガネ、耐切創手袋等の個人用保護具着装の徹底や、プロペラの接触によって出血した場合に備えて応急手当用のファーストエイドキット等を事前に準備しておく必要があると考えられます。


参考文献

  1. 国土交通省:"事故等の報告及び負傷者救護義務", https://www.mlit.go.jp/koku/accident_report.html
  2. 堀智仁,山口篤志,岡部康平(2021)ドローン空撮業務における距離ガードに関する実験的検討,第22回計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会,pp.2280-2283.
  3. 五十嵐広希,堀智仁,芳司俊郎(2021)産業用ドローンの安全管理の有効性検証,安全工学,vol.60, No.5, pp.349-354.

(建設安全研究グループ 上席研究員 堀 智仁)

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