労働安全衛生総合研究所

固体捕集と溶媒抽出による揮発性有機化合物の分析方法について
— 多種類物質の一斉分析に適用可能な抽出溶媒に関する検討 —

1.はじめに


 空気中に存在する目に見えない化学物質は、呼吸などによって体の中に入り込んで、ヒトの健康に悪影響を及ぼすことがあります。現在、様々な技術でこれらの化学物質を測定できますが、本コラムでは、作業環境測定において良く使用されている測定方法の概要を紹介するとともに、関連する最近の研究を紹介します。


2.揮発性有機化合物およびその空気中濃度を測定する必要性について


 多くの塗料や接着剤、洗剤には揮発性成分が含まれています。これら「揮発性成分」に含まれる一部の有機化合物を、環境化学の分野では、揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOCs)と呼んでいます。VOCsは、常圧下で沸点が約50~260℃の有機化合物の総称で、比較的ガス化しやすいことから、製品から容易に空気中へ発散します。空気中に発散したVOCsは、呼吸によってヒトの体内に入り込んだり、粘膜や皮膚から吸収されることがあります。物質によっては、目、粘膜、皮膚への刺激性、神経毒性、生殖毒性、発がん性など、様々な有害性があるため、短期もしくは長期的に健康へ悪影響を及ぼすことがあります。作業環境では労働者が特定のVOCsを長期的に高濃度でばく露する危険性があることから、労働者の健康を守るために、多くの公的機関がヒトへのVOCs ばく露に関する濃度基準を定めており、標準分析法も定めています。例えば、アメリカ国立労働安全衛生研究所(The National Institute for Occupational Safety and Health; NIOSH)、国際標準化機構(International Organization for Standardization; ISO)では、それぞれNIOSH 2549、ISO 16017-1 として公開しています。日本では、労働安全衛生法により、作業環境における特定のVOCs について濃度基準値が定められています。


3.VOCの測定方法について


 空気中のVOCs濃度に対しては様々な測定方法がありますが、その一つに「固体捕集―溶媒抽出―機器分析」があります。本コラムでは、主に溶媒抽出について、筆者が行ってきた研究を紹介します。なお、機器分析については、目的に応じてガスクロマトグラフ(GC)や液体クロマトグラフ(LC)などの分析装置を用いることが多いのですが、今回は割愛します。 作業環境測定基準第1条により、固体捕集方法は「試料空気を固体の粒子の層を通して吸引すること等により吸着等をさせて、当該固体の粒子に測定しようとする物を捕集する方法をいう」と定義されています。つまり、固体捕集法とは、空気中に存在する測定対象物質を固体の吸着剤に吸着させることを意味します。また、溶媒抽出は、有機溶媒を用い、吸着剤に捕集された測定対象物質を脱着させて溶媒に移行させることを意味します。このようにして捕集・脱着した溶液を分析すれば、吸着剤に捕集された物質の量を測定できます。そしてその量を捕集した空気の体積で割ると、空気中の測定対象物質の濃度がわかります。正確に濃度を測定するには、空気中の測定対象物質に対して十分な捕集能力がある吸着剤と、吸着剤から対象物質を十分に脱着できる抽出溶媒を選定することが重要です。


4.VOCsの測定における二硫化炭素の使用について


 VOCsが測定対象物質の場合、活性炭は主要な捕集剤として使用されます。活性炭に捕集されたVOCsの脱着には、しばしば二硫化炭素が用いられます。二硫化炭素は、活性炭への吸着熱が高く、活性炭に吸着されたVOCsを効率よく置換することから、多くのVOCsに対して抽出効率が高い溶媒です。また、GCで分析する場合、二硫化炭素はカラムでの保持時間が短く、そのピークが測定対象物質のピークと重なりにくいという利点もあります。これらの利点から、二硫化炭素は重要な抽出溶媒の一つとして使用されています(作業環境測定ガイドブック、2022)。しかし、二硫化炭素は揮発性が高い上、毒性や分解物による強力な悪臭もあるなどして、呼吸によって分析中にばく露しやすいという問題があります。日本では、二硫化炭素は労働安全衛生法により第一種有機溶剤に指定され、管理濃度は1ppmと低く設定されているだけでなく、化審法により優先評価化学物質としての管理が求められます。分析を行う作業者の健康リスクを低減させるという視点から、二硫化炭素の使用量を最大限に抑えることが望まれています。また、二硫化炭素は非極性の溶媒であり、一部の極性VOCsに対する脱着効率が不十分であることも報告されています(Miyake et al., 2017)。極性VOCsを測定対象とする場合、極性溶媒で抽出することがあります。例えば、作業環境測定ガイドブック(2022)では、N,N-ジメチルホルムアミドをアセトンで抽出し、クレゾールをエタノール(20%)と二硫化炭素の混合溶媒で抽出することが記載されています。煩雑な分析作業を軽減するという視点から、物性の広いVOCsに対して一斉分析が可能な方法が望まれています。


5.二硫化炭素の代替溶媒に関する研究


 最近は、二硫化炭素の使用量削減および物性が多様なVOCsの一斉分析を目的とした研究が進行しています。Wangらは、市販のVOCs測定用サンプラー(活性炭とシリカゲルを吸着剤としたもの)に測定対象のVOCsを直接添加し、二硫化炭素、アセトンとこれらの混合溶媒を用いて、回収率の向上を図っています(Wang et al., 2021)。その結果、アセトンと二硫化炭素を4:1(体積比)で混合した溶媒を使うことで、87%の測定対象VOCs(46種類のうち40種類)において、80%以上の回収率が得られました。特に、クレゾール類の回収率が64~88%になり、既報の結果(1~30%、Miyake et al., 2017)よりも高くなりました。本法によれば二硫化炭素の使用量を低減することが可能となり、さらに極性と非極性VOCsの一斉分析についても一つのアプローチとなり得ます。ただし、二硫化炭素の使用量がゼロにはなっていないこと、およびクレゾールなどの物質において回収率が80%以下になっていることが未だ問題点として残っています。VOCs抽出に適した溶媒を選択するには、溶媒による対象VOCsの脱着メカニズムを検討することが重要です。既往研究の結果から、分析対象物質の回収率はlog Kow(オクタノール/水分配係数の常用対数値;物質の極性を示す一つの指標で、値が大きくなると物質の極性が低くなります)や蒸気圧などの物性により影響されること(Miyake et al., 2017; Wang et al., 2021)が分かっています。しかし、他にも脱着効率に寄与する要因があります。
 そこで、脱着メカニズムを検討することと二硫化炭素の代替溶媒を検討することを目的に、二硫化炭素、アセトン、ノルマルヘキサンと2-フェノキシエタノールを溶媒として、エステルやエーテル、アルコール、塩素系化合物、芳香族(フェノールを含め)、ケトンなどに対する脱着効率を検討しました(Wang et al., 2023)。二硫化炭素抽出の場合(図1a)、全体的にアルコール類とN,N-ジメチルホルムアミドなどの極性物質の回収率は低いことが確認され、これは非極性溶媒である二硫化炭素(log Kow = 1.94)が極性VOCsに対しては脱着効率が低いためと考えられます。ノルマルヘキサン(非極性溶媒、log Kow = 3.29)抽出の場合も同様の結果が得られましたが(図1b)、二硫化炭素抽出の結果と比べると芳香族類の脱着率も低くなりました。一方、アセトン(極性溶媒、log Kow = -0.24)で抽出した極性VOCs(アルコール類など)の回収率(図1c)は、二硫化炭素やノルマルヘキサンで抽出したものより高くなりましたが、非極性VOCs(芳香族類など)の回収率は低くなりました。これらの結果から、VOCsの回収率が溶媒と溶質のlog Kowに影響されることが示めされ、既往研究の結果と一致しました。しかし、log Kowですべての実験結果の説明はつきません。例えば、図1 a-bでは、芳香族類のlog Kow値は二硫化炭素とノルマルヘキサンの中間に位置していますが、二硫化炭素とノルマルヘキサンでの回収率は大きく異なりました(クレゾールを除く)。芳香族類と活性炭の重要な吸着メカニズムとして、π-π相互作用が報告されています。このため、π電子を持つ二硫化炭素を用いる方が、π電子を持たないノルマルヘキサンを用いるよりも、芳香族類(クレゾールを除く)を脱着しやすいことが示唆されました。一方、すべての芳香族類は非極性VOCに分類されますが、二硫化炭素で抽出したクレゾールの回収率は、他の芳香族類に比べて非常に低くなりました(5%以下)。これは、フェノール類の活性炭への吸着性はπ-π相互作用に依存するだけではなく、ヒドロキシ基(-OH)を持つことにより、水素結合によって吸着性がさらに高くなり、クレゾールと活性炭の吸着性が他の芳香族よりも高くなったためと考えられます。一方、2-フェノキシエタノール抽出の場合、VOCsの種類が回収率に及ぼす影響は少なく、VOCsの回収率は57~83%で(二硫化炭素を除く)、極端に低くはなかったものの、満足できる結果ではありませんでした(図1d)。この結果については、いくつかの理由が挙げられます。まず、分析対象VOCs(log Kow = - 0.93~3.29)に対して、2-フェノキシエタノールのlog Kowの値(1.16)は中間に位置しており、極性物質と非極性物質に対しても良好な溶解性を持つことが考えられます。また、2-フェノキシエタノールの分子構造では、芳香環(π結合)も -OHも含まれています。したがって、2-フェノキシエタノールを溶媒として用いた場合、二硫化炭素、ノルマルヘキサン、アセトンを用いた場合より、フェノールを含むすべての芳香族類が効率よく脱着できると考えられました。しかし、2-フェノキシエタノールは粘性が高いため、活性炭の細孔の奥まで浸透せず、細孔奥に吸着されたVOCsが十分に脱着されなかったことが示唆されました。一般に、溶媒の温度が高くなれば粘性は下がるため、本研究ではさらに温度を制御した上で、2-フェノキシエタノール抽出のVOCs回収率を比較しました。その結果、室温、40℃、50℃、70℃の時に回収率が80%以上のVOCs(合計50種類)の割合は、それぞれ12%(6種類)、88%(44種類)、94%(47種類)と92%(46種類)となりました(図2)。塩素系化合物や芳香族類などは、抽出時の温度が高くなれば回収率も有意に上がりましたが、沸点が低い物質(アセトン、n-ヘキサン)では揮発による回収率の低下も見られ、注意を払う必要があります。


6.終わりに


 本コラムでは、二硫化炭素の代替溶媒に関する最近の研究成果について紹介しました。
 脱着効率で考えると、物性の広いVOCsに対して2-フェノキシエタノールは二硫化炭素よりも脱着効率が高いことが示されました。ばく露のリスクで考えると、2-フェノキシエタノールは無色の油状液体であり、沸点は比較的高い(243.84℃、EPI Suiteより)ため、操作中の経気道ばく露のリスクは低いと考えられます。毒性の面で考えると、2-フェノキシエタノールのNOAEL(Non Observed Adverse Effect Level; 無毒性量)値は500 mg/kg bw/day(経皮ばく露の場合、ECHA CHEMより)で、二硫化炭素の経気道ばく露のシナリオ(1.1 mg/kg bw/day、NITEより)と比べると、毒性がはるかに低いと考えられます。したがって、2-フェノキシエタノールを二硫化炭素の代替溶媒として使用することは合理的と考えられます。
 しかし、2-フェノキシエタノールは粘性が高いため、操作性と機器分析においていくつかの問題点があります。例えば、ピペットで溶媒を計量する際に精度が低くなること、オートサンプラーでGCへ注入する場合に気泡が生じやすいこと、溶媒がGCの注入口とカラム内に残留して分析に悪影響を及ぼすこと等が挙げられます。しかし、これらの問題点は、ピペットの代わりにシリンジを使用すること、オートサンプラーのviscosity delayやsample draw speedなどの機能を活用すること、適切な分離カラムを選定すること等によって解決できます(Wang et al. 2023)。現場の状況に応じて、2-フェノキシエタノールを抽出溶媒として使用できない場合、前述した活性炭-シリカゲルサンプラーとアセトン/二硫化炭素を使用することは、一つのアプローチとして選択可能です(Wang et al. 2021)。


二硫化炭素(a)、ノルマルヘキサン(b)、アセトン(c)、2-フェノキシエタノール(d)を抽出溶媒とした場合のVOCsの脱着率(Wang et al. 2023)
図1 二硫化炭素(a)、ノルマルヘキサン(b)、アセトン(c)、2-フェノキシエタノール(d)を抽出溶媒とした場合のVOCsの脱着率(Wang et al. 2023)≪クリックで大きい図≫



図2 2-フェノキシエタノールで抽出する時の温度によるVOCsの回収率(Wang et al. 2023)

図2 2-フェノキシエタノールで抽出する時の温度によるVOCsの回収率(Wang et al. 2023)≪クリックで大きい図≫



(生体防御評価研究室/ばく露評価研究部 任期付き研究員 王 斉)

参考文献

  • 作業環境測定ガイドブック(2022):作業環境測定ガイドブック5、有機溶剤(特別有機溶剤を含む)―物質別各論、公益社団法人日本作業環境測定協会.
  • Miyake et al. (2017): Y. Miyake, M. Tokumura, Q. Wang, Z. Wang and T. Amagai (2017) Comparison of the volatile organic compound recovery rates of commercial active samplers for evaluation of indoor air quality in work environments, Air Quality, Atmosphere & Health, 10(6), 737-746. DOI: 10.1007/s11869-017-0465-0
  • Wang et al. (2021): Q. Wang, M. Tokumura, Y. Miyake and T. Amagai (2021) Optimization of method for extracting 46 volatile organic compounds (VOCs) from an activated carbon-silica gel active sampler to evaluate indoor work environments, Air Quality, Atmosphere & Health, 14, 1341-1348. DOI: 10.1007/s11869-021-01024-8
  • Wang et al. (2023): Q. Wang, K. Noro, S. Hoshino, R. Omagari, Y. Miyake and T. Amagai (2023) Development of a safety analysis method for volatile organic compounds using 2-phenoxyethanol as solvent, Chemosphere, 235, 140980. DOI: https://doi.org/10.1016/j.chemosphere.2023.140980

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